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2018年3月

靴脱ぎ問題

文化摩擦は、様々起こる。いつものことなので、ケラケラ笑っている。ラオス人の靴脱ぎ問題。カオニャオメンバーの親の世代くらいまで、ラオス人は裸足だった。つまり脱ぐ前に履いていなかったのだ。だから日本のような厳密な脱靴場所がなく、あいまいだ。しかし、土足で踏みにじるという表現があるように、日本人は脱靴場所を間違えることにたいへん腹を立てる。


毎回やらかすのが、試着室。彼らにしてみれば一世一代の買い物。ちょっと目を離すと土足で試着台にあがり、店員さんに怒鳴られる。とりあえず丁寧に謝ってその場をお納める。試着してみてぴったりだとコーフンする。そしてそのまま靴を履かずに会計へ・・外に出て、私が気付く。毎回。Img_5060

写真のサンダルは、上演時に履くもの。壊れているのではない。指で挟んで走り回るのだ。それだけかれらは裸足力が強いということ。

おうちへ帰ろう。

カオニャオ連中は、ラオス人なので時間にルーズ。それは自明のことである。ところが帰国日、朝5:30ホテルロビー集合で行ってみると、全員そろっている。びっくり!!だって今日、家に帰る日じゃないか・・と彼ら。P32400931_r_2  決して日本がいやだったわけではない。それどころか仕事はハイだし、桜は満開。買い物も絶好調。楽しくてしかたなかった。でも今日、妻や子どもたちのところへ帰るのだ。どんなに楽しいイベントも家族にはかなわない。それが彼らの生き方。

大花見

トーは10回以上来日しているが、桜の季節のぶつかったのは、はじめてだった。栗コーダーカルテットフレンズコンサートで来日したアジアのみなさん、みんなはじめての桜。そして、アジアの人は、花がとImg_5124 っても好きだ!!みんな浮かれまくって、総勢20人ほどで大花見。右の写真は、右からラオスのケオ、ミャンマーの竪琴奏者さん、インドネシアの笛吹きさん、虫のように覗いているのは、虫が大好きな元たまの知久さん。

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創作のだいご味

 3年間にわたって、劇団カオニャオは栗コーダーカルテットさんのフレンズコンサートに参加してきた。今回、最終企画として、栗コーダーカルテットさんと仲間たち、インドネシア、ベトナムの音楽家と共演することになった。Img_5106 それぞれの音楽がある。リズムやメロディーラインの作り方が違う。まったく異なる形態の音楽の上に、お互いにどんどん乗せてゆく。決して迎合するのではなく、自分たちのカラーを保ったままで参加してゆくのだ。受けて立つ形になった日本側音楽家たちも、彼らの音に触発されてどんどん変化してゆく。ある意味、破壊的に成りかねない合奏のなかで、微妙な均等を保ちながらミックスしてゆく。「カオニャオも入って」と突然言われ、踊りこんでゆくカオニャオの人形。すさまじい緊張感とドライブ感のある音楽の中にアドリブではいってゆくカオニャオ。さらにそれに触発されて変化してゆく音楽。さらに・・さらにそれを受けて変化してゆくカオニャオの人形。Img_5109 只のリハーサルなのに、こんなにドキドキ、ワクワクしたのははじめてだった。こんなすごい場所にいてもいいものなのか・・さえ思った。それだけで充分なのだが・・パフォーマーあさぬまちずこの衝撃。結局、自分のスタイルをしっかり持ち続けていられる強さと実力があれば、セッションは可能・・どころか相乗作用が働いて、どんどん上昇してゆくのだ。あまりのすごさに終了後、私も含めてしばらくみんなぼんやりしてしまった。

錦鯉

 劇団カオニャオ来日。さっそく行ったリハーサル会場に、錦鯉がうじゃうじゃいる池あり。殺到し、手づかみしそうになるのを必死で止めるわたくし。鯉=食える。シンプルな彼らの構図。ふと気がつくと、錦鯉飼育業者のにいさんが、ボー然とみている。一言「僕が育てている錦鯉です。外国の方にこんなにこんなに興味を持ってもらえるなんて・・うれしいです!!」いや、あの、それはですね・・

明日

 本朝、ラオスから通信。「おれたち、いつ日本に行くんだっけ?」・・へっ??・・「明日だ!!」・・・「あしたあ~?だっけね?わかった、ありがと。」で、今から持っていく衣装を洗濯するそうだ。20年つきあっているのだから、なにがあっても驚くもんか・・と思っているが、何度でも驚いてしまう。

歳月

 ケオと私が舞台設営時に交わしているどなりあいをきいて、青年海外協力隊の女性が「だいじょうぶなんですか?不良とおっかあのどつきあいのように聞こえますが・・」と言った。私がケオに会ったのは、かれがまだ10歳の時だ。Img_5015_2 私は子どもた ちに身体表現を教える先生で、ケオは生徒だった。他の子どもたちはどちらかというと良い教育を受けたいいとこのボンが多かったが、彼だけは泥の中から出てきた何も知らない悪ガキだった。そしてとびきり勘がよかった。それから彼は、何年か一度目の前に現れた。あるときはサーカスの見習いクラウンとして、2007年からは、いっしょに仕事をするオブジェクトシアターの仲間として。良い面も、悪い面もよく知っている。腹を立てたことも数限りなくあるが、ずっと変わりないこと。それは彼が奥の深いイマジネーションを持っていて、舞台に関することが好きで好きで仕方ないこと。写真は、彼の37歳の誕生日、フェスティバル前日、舞台監督の彼が夜遅くまで舞台設営をしている現場にHappy Birthdayを歌いに行ったときのもの。先生だった私、いつのまにか舞台のことになると彼に頼りっぱなし。

ながめる時

 ラオスにいると、月をず~とみていたり、河をぼんやりながめていたり、花の下にたたずんでいる時間がかなりある。それは一見、空っぽな時間なのだが、とても満たされていて豊かな時間だ。Img_5070

あらためてラオスメシ

 もうすでにめずらしくもなんともなくなっていたが、今回ラオス普通のごはんを改めて「うまい!」と思った。まず主食「もちごめ」。劇団名「カオニャオ」はもちごめのこと。様々なところで食べたが、全部違う。見た目は悪いが私は、焼畑でとれた陸稲。田舎の山のコメが一番好きだ。Img_5051

 それから写真の麺。ベトナムでは「フォー」ラオスでは、似た名前だが複雑な発音のため表記不能。これもうまいまずいに差がある。
 田舎では、今畑でとれたというさやえんどうを塩で炒めただけや卵焼き(地鶏しかいないもので)が、めちゃくちゃうまい。これらにビールや地酒をガンガンやるものだから、今回2回もお腹を壊した。そろそろ歳を考えましょう。
 

劇団カオニャオどこへゆく。

どこに国でも、民間で芸能をして生きてゆくのはただ事ではない。ラオス劇団「カオニャオ」も日本とは全く違った意味で、日々戦っている。彼らは今、信じられないほど多忙で休日などない。しかし、あいかわらず家族を抱えて食い詰めてくらしている。なんでそんなに忙しいのか?いわば、雑用。プロデュースも企画も、制作も、舞台設定から音響、照明設定まで自分たちでやっている。なぜなら、他にできる人材がいないから・・カオニャオはアーティスト集団なのに、どちらかというとプロデュース集団だと思われている。そうすると創作する時間、リハーサルに費やす時間がなくなってくる。Img_5058

 ・・が、あちこちからさまざまなバッシングを受けながらも、彼らは時間を見つけて創作やリハーサルをし、家族のために収入を求めて働く。写真は、ほんとはかれらが舞台で使う人形の顔なのだが、今はちょっと食べかけの青マンゴー置きになっている。そんな悠長なところも彼らの特徴。

カムクンという青年

彼は21歳、生まれた時から耳が聞こえない。ラオスのろうあの方への福祉行政はないに等しいものだ。彼もほんの数年、小学校に通っただけだ。Img_5073 しかし、彼は劇団カオニャオのベストメンバーに選ばれた。おそろしく勘の良い彼は、ジェスチャーだけでみんなとコミュケーションをする。他のベストメンバー3人はいずれも彼より15歳以上年齢が上でキャリアも長い。表現力においてやはりまだまだの彼に大変厳しい。しかし彼の努力たるや並みではない。いつでもどこでも練習している。その上3人の兄さんたちは、バシバシ彼を使いっ走りに使う。子ネズミのようによくもまあ走り回る彼であるが十分したたかで、昼ごはんを買ってくるように頼んだら、全然もどってこず、私と兄さんたちは、すきっ腹をかかえて待ちぼうけ・・ずいぶんたってからろうあの友達を8人も連れて戻ってきた。にこにこしながら「彼らにも訓練してよ。みんなやりたいんだ!」とジェスチャーでアピール。自分の主張はきっちり表現する。なんて生き生きと生きているんだろう・・数日いっしょにいただけで目を見張ってしまう。

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