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2018年9月

稲刈り唄が響く。

 メッセンジャーの小さなスピーカーから勢いよくラオス北部の稲刈り唄が響いた。うたっているのは、9月はじめに長年育ててきたみかん畑と家畜、住居を大雨によるダムの突発的な放水で流され壊滅したわが親戚村の人々。平地がないため、彼らは米を一番高い山の斜面に焼畑でつくる。その急峻な地形に私はコメの畑にたどりつくだけで死にそうになる。機械を入れるなどもってのほか、総出で人力だけで作業をする。人員が一斉に連動して動くために唄を歌う。家畜やみかんは売るために作るが、米は自分たちが食べるためにしか作らない。それでも明るい元気な唄が聞こえる。「唄がきこえるか?りっぱな米がとれるぞ。おいしい米があれば生きていける。ははは・・」とうれしそうに笑う。米以外、みんな失った。ほんとに何もかもだ!!それでも彼らは元気に稲刈り唄を歌う。生きていければなんとかなるさ。いつでも彼らはそうやって生きてきた。いつでも私は、彼らの稲刈り唄に心をわしづかみにされる。

VOA/Voice of アメリカ

 現在、ラオス各地で未曾有の洪水が頻発している。だいたいどれも海外が関係しているダム建設が原因の一因になっているため、そうでなくても正しい情報を公開しないラオスでは、なかなか情報が入手できない。そこでVOAのラオス語放送を聴く。ネット検索すると、音声も聞けるし、記事も読める。音声は少しゆっくりめなので、画像私にも聞きやすい。しかし・・VOAは、第二次世界大戦中にプロパガンダ戦略を目的に創設された放送局だ。さすがに現在は国防省管轄ではないが、アメリカによる国営放送であることに変わりない。そう考えるとバイヤスがかかってしまう。しかしね、日本の報道でも現地に実際行ってみると、全然違うということが普通にあるので、あまり信用していない。つまりこんなにネット情報が氾濫しているのに、あまり信用できないということになる。

疑問2

 前回のブログ文章に関して、複数の方からご意見、疑問が寄せられたので、まじめに答えます。


 私は、それぞれの場所がもっている力、トポス。またそれぞれの暮らしから生まれるイマジネーションをとても大切だと思っています。韓国の方々からの質問は、彼らの歴史や受けた教育から発生したところがあります。だからスル―せず、自分自身も考えてみました。私はまちがいなく日本で生まれ、今でも東京で生活しています。ずいぶん遠くなってしまったけれど、イマジネーションの根源には、生まれた場所岩手の痕跡が、はっきりと感じられます。しかし、そのことと日の丸を背負って舞台に立つということはちがいます。私は今回のフェスティバルに、多様な価値観をもちながらそれぞれの地域の暮らしから生まれる文化を大切に思い、自分の根源を探求しつづけるトーのコンセプトとともにラオスチームの一員として参加したことを誇りに思っています。

彼らの疑問

 韓国のフェスティバルに、私はラオスチームとして参加している。首から下げているメンバープレートにハングルで「ラオス あさぬまちずこ」と書いてあるため、たくさんの方に質問された。中には通訳を連れてわざわざホテルまで聞きに来た方までいた。いわく「日本人が、ラオスチームで問題ないのか?」会期中、いろいろ大騒ぎだったので、深く考えなかった。劇団カオニャオは、ラオスの劇団だが様々な民族の方がいるし、聾者の方や、オカマもいるし、多様なのだ。・・しかし、韓国の方々が聞きたかったのは、そういうことではないらしいと帰国後、気づく。「ラオスは力のない貧しい国ですよね?そのチームになぜいるのですか?」「日本人のパーソナリティーと、あなたの行動は大きくずれているのではないですか?」と言うことを確かにきいていたわな・・つまりたいへんに微妙な問題について聞いていたのかもしれない。はて・・身体性や感覚の違いを超えて共演してゆく困難と面白さはいつも感じているけど、政治的アイデンテティー??まったく考えなかった。あほですんません。

韓国家庭料理

 今回お世話になった韓国のご家庭の庭には、たくさんの壺。このひとつ、ひとつに味噌やなんとかジャンと呼ばれる繊細な味の調味料が仕込まれている。それぞれ大変手が込んでいて美味!!Img_5237

 我々は、仕事で訪韓しているので、いわゆる有名な韓国料理を食べることは少なくあわただしく家庭料理をいただくことが多い。でもそれがたいへん美味!!
Img_5241

木浦フェスティバル

 トーとふたりで韓国の南、木浦の「マダーンフェスティバル」に参加した。とっても楽しくかつ有意義な1週間だった。このフェス参加、実は3回目。Img_5240 毎回感じることだが、日本と同じように経済が発展した先進国でありながら、韓国の芸能には、しっかり韓国の魂を感じる。伝統芸能だけを指しているのではない。若い世代によるコンテンポラリーであっても、そこに韓国の魂があるのだ。レベルが高い本ステージはもちろん堪能したが、恒例毎夜の打ち上げで披露されるそれぞれの地域の歌。酔っ払ってポッと出てきて、自分の生活周辺の地域の歌を歌う。技術の問題ではなく、心がしっかりある。自分を省みてなんだかな・・と思った。たとえば長女が生まれたばかりでそのことでいっぱいのトー。今回、本番で赤ちゃんをあやすシーンが突然、豊かになる。話が混乱しているが、つまり・・地域で豊かに生きていることが、そのまま芸能の魂になること。そうなればいいのになあ・・Img_5252

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