メコンの木霊(日記)

監視カメラ

 家を出て、ふと見上げると監視カメラとばっちり目があう。ほんとにアパートの真ん前なので、ぎょっとした。現在、いけない逢引をする機会などなく、せいぜい意味不明の時間にヘベレケに酔っ払ってふらふら帰る姿が映る程度。これだけ犯罪が多発するとしかたないのかもしれないけど、やっぱりいい気分はしないなあ・・

地霊が住む場所

ひとりで稽古中、行き詰って近くの神社にお参りに行く。Img_20181127_103414 ラオスの精霊を自称するワタクシ。ご利益をもとめてではなく、大きな樹に会いに行くのだ。ここ東京23区内、大きな樹は、神社にしかない。神社由来の看板を読んで知る。神社自体は鎌倉時代に建てられたが、最近、この地から石器時代初期、その後の弥生時代の土偶が発見されたそうだ。ラオスでは今でも、新しい土地に移動するとき、霊感がある人が先頭に立ち、「ここだ!!」と言うところにラクムアンというしるしを建て、そこを基準に村を作ってゆく。日本でも地霊が住む場所がわかる人にはわかるらしい。などと大きな樹と語り合いながら、ひたすらさぼっている。

紅葉

桜も好きだが、紅葉の方がなんだかゆったりしている。

昨日は、紅葉の中5時間も山を歩いてしまい、本日筋肉痛。Photo

富士山

ひさしぶりにひとりで山歩き。ラオスでトーに言われた「木の根は水を吸う。これわかる?」という会話が私が目指す表現を変えた。仔細は何度も書いたので省略するが、「知識」でわかるか?という意味ではない。体感として実感できるか?ということ。山を歩くと、あらためてこの言葉を思い出す。そして体感というものは、獲得できたとしても日々それらと向き追うことなく日常を送っていると摩耗してゆく。ラオスでさえ首都で生まれ育った若者たちに現在その感覚は薄い。


Photo 秋晴れで山頂から富士山がくっきり!なぜ富士山はあんな特別な姿をしているのだろう?ただもう感動。

不便とはなにか?

もともと便利であることが最高だと考えてはいない。電気も水道もない村に滞在して感じた生命感?は忘れられない。

 しかし、ラオスの仲間たちは、なんでも日本の方が便利だと思っている。ところが日本の通信事情は、ラオスに比べてもかなりお粗末。まず通信料が高い!!フリーwifiがどこでも飛んでいるわけではない。経済的に微弱な私は、何でも安いものを購入、入会し、自宅にwifi環境はない。すると今度は、様々な仕事が滞るはめになる。フリーで仕事をしている限り、通信の滞りは致命的だ。さらに・・電脳に弱いので機種変更のたび、新しいシステム導入のたび、大騒ぎになる。慣れるまで頭が真っ白に。今回、携帯機種変更しただけなのに、数日間、本人電池切れ状態。シムのトラブルもあって1週間、いつもの電話番号使用不可。このストレスとエネルギーをラオスの焼畑村の農作業に使いたいと願うのは私だけか?

異文化またしても

44484220_180413502836710_49280282_2 ラオスのトー娘に浴衣を送ると、両親は着せて見て大変感動し、「ヤマトナデシコってこういうことでしょ?」とのコメントで写真を送ってきた。このはちまきといい、なんというか・・どこが大和撫子・・


同じく劇団カオニャオのケオ、元気いっぱいの自宅ヤギ、約10頭の動画を送ってきて、食いたいのを指名して!!次に会うまで食わず、売らず、確保しておくからね。

どちらも日ラオ友好の証のような話だが、朝出かける前に見て、爆笑し、満員電車でうんざりするとなんだかわけわからなくなります。

読むこと、書くこと、話すこと。

 トー以外の劇団メンバーをはじめ、ラオスの友人たちは、用がある時、VICEメールを使う。つまり文字ではなく音声。しかし、不鮮明で大事な用でも聞き取れない。彼らは、読むこと、書くことが信じられないほど不得手なのだ。完全に環境の問題。我々は、日常の中で買い物する時でも、駅構内を移動するときでも、常に字を読んでいる。しかしラオスでは、商品のポップはなく、道路標識も少ない。一番交流のある年代は、革命直後に生まれたメンバーが多く、そのころラオスには本をはじめ、字が書いてあるものがほとんどなく、教育にも手が届かなかった。彼らの知能は私よりずっと高く、複雑な電子機器の扱いなど生まれた時から知っているような塩梅だ。フランス語をぺらぺらしゃべり、英語もいざとなるとわたしよりずっとうまいトーが、簡単な英語表記が読めなくて聞いてくる。トーいわく「読むこと、書くこと、しゃべることはまったく別のもの。あんたはラオス語が書けるけど、しゃべるとひどいでしょ。」たしかに・・

稲刈り唄が響く。

 メッセンジャーの小さなスピーカーから勢いよくラオス北部の稲刈り唄が響いた。うたっているのは、9月はじめに長年育ててきたみかん畑と家畜、住居を大雨によるダムの突発的な放水で流され壊滅したわが親戚村の人々。平地がないため、彼らは米を一番高い山の斜面に焼畑でつくる。その急峻な地形に私はコメの畑にたどりつくだけで死にそうになる。機械を入れるなどもってのほか、総出で人力だけで作業をする。人員が一斉に連動して動くために唄を歌う。家畜やみかんは売るために作るが、米は自分たちが食べるためにしか作らない。それでも明るい元気な唄が聞こえる。「唄がきこえるか?りっぱな米がとれるぞ。おいしい米があれば生きていける。ははは・・」とうれしそうに笑う。米以外、みんな失った。ほんとに何もかもだ!!それでも彼らは元気に稲刈り唄を歌う。生きていければなんとかなるさ。いつでも彼らはそうやって生きてきた。いつでも私は、彼らの稲刈り唄に心をわしづかみにされる。

VOA/Voice of アメリカ

 現在、ラオス各地で未曾有の洪水が頻発している。だいたいどれも海外が関係しているダム建設が原因の一因になっているため、そうでなくても正しい情報を公開しないラオスでは、なかなか情報が入手できない。そこでVOAのラオス語放送を聴く。ネット検索すると、音声も聞けるし、記事も読める。音声は少しゆっくりめなので、画像私にも聞きやすい。しかし・・VOAは、第二次世界大戦中にプロパガンダ戦略を目的に創設された放送局だ。さすがに現在は国防省管轄ではないが、アメリカによる国営放送であることに変わりない。そう考えるとバイヤスがかかってしまう。しかしね、日本の報道でも現地に実際行ってみると、全然違うということが普通にあるので、あまり信用していない。つまりこんなにネット情報が氾濫しているのに、あまり信用できないということになる。

疑問2

 前回のブログ文章に関して、複数の方からご意見、疑問が寄せられたので、まじめに答えます。


 私は、それぞれの場所がもっている力、トポス。またそれぞれの暮らしから生まれるイマジネーションをとても大切だと思っています。韓国の方々からの質問は、彼らの歴史や受けた教育から発生したところがあります。だからスル―せず、自分自身も考えてみました。私はまちがいなく日本で生まれ、今でも東京で生活しています。ずいぶん遠くなってしまったけれど、イマジネーションの根源には、生まれた場所岩手の痕跡が、はっきりと感じられます。しかし、そのことと日の丸を背負って舞台に立つということはちがいます。私は今回のフェスティバルに、多様な価値観をもちながらそれぞれの地域の暮らしから生まれる文化を大切に思い、自分の根源を探求しつづけるトーのコンセプトとともにラオスチームの一員として参加したことを誇りに思っています。

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