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2011年8月

経済状況とネット状況

31390cb6メールを開けると、トーからこの写真が送られてきて、ふきだしがついており、ラオス語で「舞台道具を買うので、¥650貸してください。」(もちろん円に換算しました。)

彼は9月23日に新作公演をラオスで開催する。で、スカイプしたり、写真を加工したりはできるのだが、¥650がなくて困っているのだ。日本では、信じられないかもしれないが、ラオスでは、とりあえず¥1000前後のお金がなくて困っているということは、私も含めてよくあることだ。昨年、トーは虫垂炎になったが、手術代¥7000がなくて、3日間放置した。あせって送金したが、どんどん悪くなる状況に嫁は「死んだらみんなほとけさま。」とまで言った。

でも、どんどん発達するネット環境との差にどうしていいかわからない。

YOUTUBE

YOUTUBEに新しい映像をアップしました。

「jeobong]

で検索してくださいね!!よろしく!!

Oh!!スカイプ!!2011・8・19

とうとうトーがスカイプをはじめた。海外と仕事をする機会が多いのでスカイプがあれば、とても便利。「あんたも、とっととしなければならない。」とごり押しする。当然である。しかし・・

トーは、ジャングルに仕事に行った時、トリをつかまえ羽をむしり、火をおこして焼き、食わしてくれた。そのときも「あんたも少しは手伝えるように」と言った。そして今、フェイスブックとスカイプ。狩りからスカイプまでを「ニンゲン」という種の行動範囲だとすると、どちらにも到達できないわたしの種はなに?

アイデア 2011・8・16

韓国公演からはじまった真夏の大忙しスケジュールが一段落。ほっと一息。

 ほとんどがラオスのオブジェクトシアターに関する活動だったため、たくさんの反応をいただいた。厳しいご意見も中にはあり、それはたいせつに考えていきたいと思う。多かったのが、よくそんなアイデア思いついたね。というもの。興味を持っていただければ何でもうれしい。しかし、このラオスの表現は、思いついたものではなく、ラオスに生まれ、そこで暮らしている人にとっては、そこにあったものなのだと彼らとときどき一緒に暮らしていて思う。Img_1736

自然は、土でも石でも波動のようなものがある。天然素材の古い道具や落ちている木の実たちは、そのちょっとゆがんだところも含めて、波動で呼びかけてくる。彼らは、それに答えているだけである。私は、耳をすまして、彼らのささやきを感じ取ろうとするが、ラオスのメンバーほど素直に聞くことが上手ではない。まだまだ謙虚さが足りないと思う。修行はつづくわけである。


アジアの時間 2011・8・11

Img_1725
 アセアンセンターに展示中のチェオボンの人形。

暑い中、みんな元気に走り回っていた「いいだ人形劇フェスティバル」から帰ってすぐ、東南アジアの人形たちに出会い、そのテンポはいきなりゆったり、まったり。

追悼 モモ

 ラオスのスタジオに出入りしていた犬のモモが死んだ。モモは、もともとおとうちゃんの家で飼われている犬。スタジオには、7匹ほどの犬、ニワトリ、ねこなどたくさん出入りしているが、モモは、特別。Photo_2

いつでもゆったりと稽古を観戦しては、肝心なときにじゃまをする。

モモは、まだ壮年だった。そしてラオス人であるトーの死生観は、私と大きく異なる。あまりに周囲に「死」がたくさんあるということも関係していると思う。近くいいる親しい?犬が死んだそうだ。そのあと、モモはトーいわく「さびしくて、さびしくて、自分で食事を絶って死んでしまったんだよ。」このようなことを、何の感情もこめずに淡々という。日本だったら、違う死因になったかもしれない。犬が、友を慕って自殺することがあるのかどうか私にはわからない。しかし、ラオス人の感覚ではそうなのだ。それもひとつの真実であるような気がする。わたしは、夢をみるほど、モモが大好きだったので、とても寂しい。





コミュニケーションの醍醐味

韓国公演で私たちは、たくさんの方々とさまざまな出会いをつくった。トーも、私も英語は不得意である。しかし、いつも思うがトーをはじめとしたラオス人は、コミュニケーションの天才が多く、言葉の壁などあまり問題にしない。

トーがいちばん仲好くなったのは、照明家のじゅん君である。じゅん君は、韓国人であるが、韓国版青年海外協力隊でスリランカにいた経験があった。スリランカとラオスは同じ上座部仏教で、ことばの元になったものにパーリ語からの借用語がけっこうある。つまりお教の出だしが同じである。共通するのは、お教の出だしだけ。スリランカはシンハラ語。ラオスはラオ語、全然違う。でも、お教が通じれば、みな兄弟というわけ。そういえば、トーは、カンボジアの影絵劇団のリーダー、プオン君とも、深い信頼関係にあるが、このふたりに共通することばも、やはりお教の出だしだけだった。

韓国のフェスティバル主宰劇団の演出家も、なぜかトーのことが大好きだった。彼は、英語が達者なようで、トーに自分の演出世界をたくさん伝えたい。でも、英語でぺらぺらしゃべられても、実際はトーはよくわかっていない。しかし、なにかだいじなことは、ちゃんと伝わるものらしい。ふたりが、劇の世界に関して、納得し合って感激しているのを、隣で見ていて、なにが伝わっていったのだろう?と考えている私。会期の最中にこの演出家は、たぶんトーより20年以上多い誕生日を迎えた。それを知った瞬間、走り出したトーは、私たちチェオボンの舞台道具である「おひつ」をかかえて戻ってきて、彼にプレゼントしてしまった。あわわわ・・チェオボンの道具はどうなるの?しかし、演出家の感激度は、みているみんなが感激してしまうものだった。

舞台上では別だが、普段トーはそんなに愛想がいいわけでもない。それなのに人気者になってしまう彼のあとを、ナメクジのようについて回ったおかげで、私まで、たくさんの友達ができた。コミュニケーションは不思議だ。

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