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2011年9月

もっともこわいバイクの乗り方

トーのバイクでちょっと遠くまで行っていた。突然豪雨。トーはPCを、私はビデオカメラをもっていた。バイク用雨ガッパが一枚だけあった。ラオスのカッパは、赤頭巾ちゃんのケープのように、首から下は、マント状態である。

しかたないので、ふたりで一枚のカッパ。トーは運転手なので、顔をだすが、私はマントのビニールの中に密閉される。しかも、PCとカメラをもっているので、両手がふさがっている。目隠し状態、手放しで、豪雨の中を疾走。そうでなくても豪雨の中を飛ばすのはこわい。トーは早く目的地に着きたいので、飛ばす。ひっえ_!!

すっごくこわかった。けど、おもしろかった。よい子は真似しないように。

洪水といえば魚

 質素が信条の同居人が朝から、魚をおろしていた。ムフフ、ゴージャスと喜んで朝ごはん。ところが、昼も、夜も、そのまた次の日も、ずっと魚。魚。魚。

なぜならさまざまなところで、水があふれかえっているので、魚もあふれているわけです。この家は、残念ながらお百姓ではないので、食べ物は買っているが、魚の値段は、ないも同然になり、肉や野菜は値段が上がる。で、ラオスの人は、そんなことあたりまえなわけだから、文句など言わずに毎日、魚だけ食べるわけです。日曜日に遠くにいるお百姓の親戚の家までバイクを飛ばし、菜っ葉やなんだか不気味な木の実を、わけてもらってきた。今晩は、菜っ葉。不気味。そして魚

新人公演

ビエンチャンの劇場で開催された「カオニャオ」新人公演の役者は、13歳、15歳、17歳、そして30歳のトーだった。若者たちは、プロではないが、夏休みを利用してトーから猛訓練を受け、将来のために真剣に初舞台を踏んだ。

その結果において、あいた口がふさがらない。なぜ彼らは何十年も訓練しなければ出来ないことがこんなに簡単に出来るのだろうか?ひとつは、普段の立ち居振る舞いが、あまりにもシャープなので、とくに訓練を必要としないこと。中腰で演技し続けることが、苦もなく出来る。もうひとつは、彼らは演技しているというより、あっという間に何かに入れ替わっているだけなのだ。そこに理屈も何もない。

公演は、大盛況ですぐにフランスから買い手がついた。何十年も修行し、悩み続けている私は、指をくわえてみているほかはなかった。

ラオスは、あたりまえのように洪水

小型飛行機は、ジャンボジェットとちがって高度が低い。ビエンチャン上空にさしかかると、というよりそのずっと前から、下界は水浸しだった。空港でタクシーにのると「走り出すのはいいけど、いけるところまでね。」と釘を刺される。いつもお土産めあてで、迎えに来る連中の誰もきていないし。タクシーは、水の中をじゃばじゃば進む。途中で放り出されるのが怖くて、必死で運転手の機嫌を取り、なんとかかなり近くまで行ってもらう。土砂降りの中、重い荷物を引きずって家にたどりつき、とりあえずトイレに入って、あられもない姿になったとたん、轟音とともに家の近くに雷が落ち、停電。なんだこりゃあ!!真っ暗なトイレの中でわめいていると、同居人ティーが「来るなりなに叫んでるのお?」とのんびり聞いてくる。ひとりで洪水だあ、洪水だあ。と騒ぐが、だれもとりあってくれない。トー親子が、ひざまでの水を乗り越えてお土産目当てにやってくる。ずぶぬれ幼児ふたり、ぼたぼた水をたらしながら全速力で部屋中をはしりまわる。私までずぶぬれ。とにかく水浸し。なのにみんな普通にのんびり。

バリの芸能 アルジャ

チャンドリさんという女性と日本、バリ合同のガムランのみなさんの公演を観に行った。ラオスの芸能と深くかかわるようになってから、どんどん変わってきた価値観。これは、カンボジアでも、バリでも、すばらしい芸能が共通して持っているものだ。タイトルがそうだったがまさに「変幻自在」なのだ。変幻自在になるためには、「私はなにか?」ということに固執しない。私は王でもあり、カエルでもあるのだ。シンフォニーではなく、ポリフォニーである。そこがある意味、矛盾しているのだが、ポリフォニーであるためには、誰かについて行くということができない。自分を失った瞬間。成り立たなくなる。しかし決して自我に縛られることがない。ここが、あさぬま、まだまだまだですが、すごく面白いところであります。また、チャンドリさんの身体はまさに「はたらく身体」をもっている。それがダイナミックで、変幻自在。思えば、ラオスの女性役者ティーは、一見ただのおばはんだが、舞台に立つと、私は負ける。その秘密が知りたくて、一緒に暮らし始めたが、すぐに理解した。彼女は、ただ毎日、働いているのだ。水を運んだり、洗濯板で洗濯したり、土木仕事や百姓仕事。ただ元気よく働く。そのエネルギーがちゃんと存在感として、表現する身体としてあるだけなのだ。

土地を見る。

 以前、農学の先生といっしょに旅をしたとき、人々の暮らしを知る第一歩として、土地を見ることを教えていただいた。地形がどうなっているか?何が生えているか?それらを注意深く見ることで、私のようなドシロウトでも、おおまかにそこに住む人々の暮らしを想像することができる。その基本となるような土地の見方。東南アジアの植生については、私なりに勉強している。ほんとうの暮らしを理解するには、深く深くはいっていかなければ無理である。しかし、そこで活動するためには、その土地がもっている問題や希望を知る必要がある。最近、自身の作品や上演にも、さまざまな土地で知ったことや感じたことが深く反映されていることを感じる。民俗学の巨人、宮本常一先生のアジアを歩いた記録を読んでいて、巨人ともなると、はじめていった場所で、するどい観察により、さまざまな深い洞察を生み出すことに、やはり見る目の深さが違うよなあ・・と感激。しかし、やはり土地をみているのだ。生きとし生けるものは、まだまだ大地とつながっている。

物価の話

 昨夜、ラオスをよく知っている方と、免税店でもない普通の市場で、日本のたばこをだいたい一箱¥100ちょっとで売っているのはなぜなのだろうか?という話をした。

経済は、不得意分野ナンバーワンなのだが、それにしてもラオスの価格は不明だ。

ヴィザ更新のために、よくタイ国境にでかける。ヴィエンチャン中心部から約20K。ギューギュー詰め、ノークーラー乗合バスだと約50円。個人的バイクが荷台を引っ張るジャンボーだと¥1000くらい。当然、私は乗合バス。ところが、このバス、来ないときは延々とこない。国境付近でダラダラ汗をかきながら、待っていると、ジャンボーがきて、乗れという。聞こえないふりをしていると、¥50くらいの価格を言う。信じないでいると、向こうは言葉がわからないと思って、わざわざ降りてきて、身振り手振りで、すばらしい客引き。私も3回くらい「ほんとにその値段なのか?」と聞き返す。半信半疑で乗るのだが、いつも無事に到着する。この値段の差がどういうことなのかわからない。ラオス人友人たちに聞くと、仏さまのご加護で、運がよかったのだ。と言われて終わる。

 東京は、あまり雨が降らないが、日本列島、あちこちで大雨である。ラオスの友人より電話、いわく「魚は捕れているか?」ラオスのテレビで、洪水の日本についてのニュースが放映されているそうだ。実際、洪水にみまわれている土地の方々はたいへんである。しかし、ラオス人にとって、洪水イコール道端で魚とりである。限りなく熱帯に近く、大河が河岸工事なしで流れているラオスは、すぐに集中豪雨にみまわれ、すぐに洪水になる。人々は慣れている。以前、家に帰ってみると、部屋の中で足首まで水につかっていたことがある。大家の家に駆け込むと「がははは」と笑われた。それで終わり。河があふれると当然魚は、陸に泳ぐわけだ。だから親子で庭で魚とり。う~ん、どうもテンポがちがう。

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