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河の道

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前にも書いたかもしれないけれど、私たちは居住地に道が通っていないということに、何年経っても慣れることができない。しかし、山深い土地で道路を通すということは、予算的にも、労働としても大変なことなのだ。だからラオスには、道と直接つながっていない村がたくさんある。昔、道は皆無だった。だから河が道として存在していただけだった。さらに川沿いの村から、山の獣道を何時間も歩いて上ったところに、さらに村が存在し、人が住んでいる。中には、河から5日間、山を登ったところに存在する村もあるそうだ。そのような村にいる人は、時々枯れてしまうわずかな水源から水を取り、自分がなんと言う国に所属しているかも知らないのだ。それでも、子供を育て、死者を葬るなんらかの信仰を持ち、完全な自給自足で何代も生きているのだ。

私が活動にかかわれるのは、せいぜい河の道につながっている村だけである。それでも、道路から小船に乗ってジャングルクルーズさながらに2時間ほど遡った村にたどりつくと、とても不思議な感覚に襲われる。その村の小さな小学校の先生は、町の生まれだ。とても熱心でよい先生なので、村の人に請われて、村の女性と所帯を持ち、一生、民族も違う、私たちが考える道にでるのは旅行になってしまうその村に骨をうずめる決意をした。彼は、のぞんでその生き方を選んだ。何度行っても思うけど、彼は教師として、ほんとに優れている。人の生きる価値について、考えてしまうのであった。

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