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求めているアジアの魂

数日前、経済を勉強しているラオス人留学生の方に、日本でチェオボンがやっていることをなんといって紹介しているのか?と聞かれた。正確にはオブジェクトシアターだが、一般の方に浸透していることばではないので「人形劇」といっている。留学生氏、「ちがうよね。似てるようにみえるけど」といった。ラオスにはもともとオブジェクトシアターという言葉が一般的にある。しかし、それはヨーロッパで生まれたそれとは、ちょっとだけニュアンスが違う。留学生氏、「でも、日本にも、人間ではない大きな魂を感じる心ってあるよねえ。なんで、あれがないんだろう?」といっていた。私は彼が言わんとしていることがわかるので、考え込んでしまった。説明できないけど・・

そして今日「究境の地」という岩手県の岩崎鬼剣舞のドキュメンタリー映画を見て、「ある!!」と勇気が湧いてきた。地域に伝わる民俗芸能というのは、プロの仕事ではない。剣舞の方々も、みんなしっかり仕事を持っていらっしゃる。そして長い年月をかけて、厳しく魂をもとめて修行し、踊りを奉納してゆくのだ。大いなる魂の慰撫が踊りの目的である。それは癒しなんぞでは、絶対にあらへんのや。もっと人間がうじゃうじゃいうことではどうにもならんことに対する感謝と恐れなのだ。岩崎地区では、学校でも、保育園でも剣舞を踊っている。だから全員、うまいわけではない。しかし、内部からあふれ出る大きな命の力が伝わる。そして、本気で修業をし、本気で踊っていらっしゃる方の踊りは、たとえ高校生でも、老人でも、心にびんびん響いてくるのだ。

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