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2012年4月

買い物でしくじる。

 最近、米びつのふたを開けて、あと何日・・と計算するほど、金に困っているが、ラオスの友人に買い物を頼まれたので、吉祥寺まで買い物に行く。おしゃれに関心が全くないわけではないが、衣類や小物は買わなくても平気な主義。しかし、今日は、大きな服地屋さんが大バーゲン中だったのだ。みてはいけない。いけないよ!!と声に出して言ってみたが、気がつくと、服地屋におり、いつのまにか布をしっかりつかんでいる。頭の中では、デザインを考え、うれしくて、にやけている。そう、私は洋裁が大好き!!安い布をみると、どうしてもがまんできん。今更、かわいい服をつくっても、かわいくなるのは無理なのに・・それに大好きだが、必ずしもうまいわけではない。頭の中だけで考えたデザインも、必ずしもいけてるわけではない。ときどき、なんだかへんなものができてしまう。それでも今日は、布をにぎりしめて、幸せ、幸せ。

ガシガシと料理を作る。

 昨日は「ラオスのこども」というNGOが開催するラオスお正月パーティーだった。
毎年、そこで気も狂わんばかりにガシガシとラオス料理をつくるのが、なぜかとても楽しみ。きっと、本場ラオスの台所ではどうにもこうにも「役立たづ」の私が、かまどではなく、ガスコンロの前に立つと、あんがいたよりになる料理おばさんになれるのがうれしいのだろう。(などと言って、フードプロセッサーとかガスオーブンとか文明の機器もわけわからん)

昨日は160人分を作った。私をよく知るねえさんには「ここは日本なので、あまりいいかげんにやらないように」と釘をさされ、ラオス人留学生とは「こんな作り置きしてラップしておくなんて邪道だよねえ。」とラオス語でこっそり愚痴ったり、いつも思うが、もっと自分が何人なのかアイデンティティーをもたないといかんと思う。

それでもなにしろわっせわっせと一日中、料理室を駆け回った。その間に味見はしまくる、ビールは飲む。怪力をだして大なべを運ぶ。なんだかひさしぶりですっきりした。つくづく肉体労働に向いていると感慨深い。

ソラネコさんとのジョイントライブ (大阪府高槻市)

5月28日(月)夜

はたさとみ・木村 健 & あさぬまちずこ ライブ

素敵な食堂「南風楽天」にて
http://www.h3.dion.ne.jp/~nampu00/
お問い合わせ Nampu-Rakuten
 高槻市高槻町1-23 ネオ常磐1F
 tel・fax0726-85-6395

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ラオスは正月

ラオスは1年に3回お正月があるが、この時期のお正月が一番大きい。いちばん暑い時期でもあるので、ラオス正月は水かけ祭りでもある。
 ラオスのみんながいい加減酔っぱらって連絡してくる。そして決まって聞くのだ。「だれが、あんたに水をかけてくれるのか?」この水かけの習慣。詳しいことは知らないが、はじめは宗教行事として厳かに行われていたらしい。しかし今は、通りに一歩出たら、どこから水が降ってくるかわからない。バイクに乗っていようと、走って抜けようとずぶぬれになってしまうというのが現状。いくら暑いとはいえ、日本人のおばさんは、かんべんして!というのが本音。が、ラオスの人の心情としては、水を掛け合うのがありがたい。

 本人は真面目を装っているが、見るからにへべれけに酔っているトーとスカイプ。
「部屋でバケツでね。自分で静かに水をかぶりなよ。御祈りとかしてさ。近所の人とかかけてくれないんでしょ。」
 彼は、何度も日本に来たことがあり、家の造りも知っているはずなのに・・である。
「だから、日本はまだ暑くないんだってば!!それに部屋で水はかぶれないんだよ。」
酔っぱらったトーは、納得せず、ぐだぐだとどうやったらめでたく水をかぶることができるか考えるのでありました。

西行と共に桜を

Img_2145 桜の季節はいつも西行を想う。千年も前の人なので、ほんとうのところは謎だ。しかし、自分の表現活動にとって、大きな影響力を持つ人である。

若い頃、「花鳥風月」というのはどうもあほすぎると思っていた。しかし西行の生きていた環境を知ると彼はどうも多くの地獄を見、体験したひとのようである。生きてゆく苦しみを芯から知っている人が、「心狂い」になるほど情熱を持って桜と対峙してゆくとはどういうことであろうか?

アジアの僻地で過酷な暮らしをしている人々は、時に自然の恩恵の中に入って本気でそれらと戯れ、受け取り、渡し、もの狂うことがある。Img_2139 西行が桜と対峙してきたのも最大の喜びである半面、とても厳しいものだったのではないだろうか?

すべてはなぞである。なぞは、なぞのまま、桜の季節は、西行の歌をかみしめながら、桜と戯れ続ける。

秘境とはなにか?

テレビ番組の流行なのか?最近、頻繁にラオスの地方が映っている。なにげなく見てしまうと、もう郷愁がいっぱい。早く森に帰りたい。番組の内容は、若いタレントが不便な秘境でびっくり!!という内容が多い。しかし、何代にもわたって生きている人がいる限り、現場に行ってみると、細やかな暮らしの工夫にあふれており、それを受け入れることさえできれば、考えているよりおだやかな日々が送れたりする。ただ日本の暮らしと方法が異なるだけ。ということもできる。

もちろんはじめからルンルンだったわけではない。30代後半で初めてラオスの田舎を訪れることになったときは緊張した。自分はもっと神経質だと信じていた。しかしあんがい行ってみると何とかなるものだ。私の場合、自然が持っている力やその中で営まれるくらしに魅せられてしまったというエネルギーが大きかったので、慣れるのが早かっただけなのかもしれない。また、今でもトイレがない地域は、苦手であるし、滞在するということと、住んでいるということは大きく違うということも感じる。それでもとにかく今は、早く森に帰りたい!!

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