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2012年11月

新興国で生きるということ

 ラオスで「弟」だった人の訃報が届いた。12月がくるとちょうど40歳を迎えるはずの人だった。ショックを受けていると、あと2週間後に迫ったタイのバンコクで行われる大きなフェスティバルがドタキャンになったというニュースが届いた。どちらも日本ではありえない終わり方だった。

ラオスと深く付き合っていく中で、何度もなんども遭遇する予測不能な出来事。そのたびにショックを受け、なかなか慣れることができない私に、今回逝った「弟」は予測するから怖いんだよ。予測なんかできないのだから・・と言ったことがある。たしかにラオスの人はほとんど予測しない。

新興国と呼ばれるところでは、日本より夢を持つことができる。下剋上の頃の日本のように、貧しい百姓がのし上がって太閤になることがまだ可能なのだ。しかしその分、身近な所に危険が潜んでいる。一歩前に行くためには、ほんとになにがおこるかわかないリスクを乗り越えてゆく必要がある。

それにしても親しい人の訃報はつらい。沈み込んでいると以前「弟」の親友だったひとが電話をかけてきた。「さあ、ご飯を炊いて食べなさい。」と彼は言った。ラオスの人はいつでも強い。

季節を生きる。

 ひさしぶりにトーとスカイプ。「こたつ」は出したのか?と彼はきいた。昨年の冬、彼はひとりでフランスで仕事をしていた。一昨年の冬、3週間であったが日本で過ごした。熱帯で生まれ育った彼は、冬を生きることを知らなかった。フランスも日本も、観光に来たわけではないので、寒い季節を生きる必要があった。日本では、こたつにはいって、熱燗をすすりながら鍋を食べた。フランスは、またきっと違うのだろう。彼はそれで新しいイメージを知ったそうだ。知る前と後では、湧きあがるイメージが違う。
 ランドスケープということばがある。正確には知らないけれど、流れてゆく風景を思い浮かべる。映像で見れば、風景はただ流れている。最近の高額な観光旅行では、ときどき現地に行っているのにただ流れる風景だけを愛でて終わる場合もある。しかし実際は、場所は生きている。

ブルートレインに乗って

Img_2371 夜行寝台に乗って北海道に上演に行った。朝、起きて車窓を見ると、一面の紅葉、そして津軽海峡の荒波・・ことばもなく、カメラを取り出す余裕もなく、呆然とながめていると函館に到着した。

寒い東北で生まれたのに(だからこそ)、熱帯の方向ばかり見ている。たまに北にくると、あれ?これって私自身だ。と感じてしまう。寒いのは苦手だけれど、生まれは身についているのだ。Img_2369_1

温泉も食べ物も景色も・・すべて極楽気分で幸せだったが、上演できてほんとにほんとによかった!!ラオスの暑い森をつまづきながら歩き回るちっぽけな日本人の自分が、朝は霜がおりる北海道の大地に乗り移ってきたような感覚があった。「ウシ」が出てくると、すぐそのままウシに反応できるこども(そして大人)も新鮮だった。ひさしぶりで、もっともっと上演したいと思いました。

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