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新興国で生きるということ

 ラオスで「弟」だった人の訃報が届いた。12月がくるとちょうど40歳を迎えるはずの人だった。ショックを受けていると、あと2週間後に迫ったタイのバンコクで行われる大きなフェスティバルがドタキャンになったというニュースが届いた。どちらも日本ではありえない終わり方だった。

ラオスと深く付き合っていく中で、何度もなんども遭遇する予測不能な出来事。そのたびにショックを受け、なかなか慣れることができない私に、今回逝った「弟」は予測するから怖いんだよ。予測なんかできないのだから・・と言ったことがある。たしかにラオスの人はほとんど予測しない。

新興国と呼ばれるところでは、日本より夢を持つことができる。下剋上の頃の日本のように、貧しい百姓がのし上がって太閤になることがまだ可能なのだ。しかしその分、身近な所に危険が潜んでいる。一歩前に行くためには、ほんとになにがおこるかわかないリスクを乗り越えてゆく必要がある。

それにしても親しい人の訃報はつらい。沈み込んでいると以前「弟」の親友だったひとが電話をかけてきた。「さあ、ご飯を炊いて食べなさい。」と彼は言った。ラオスの人はいつでも強い。

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