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2012年12月

消防署の裏が火事場

 我が家の比較的近くに杉並消防署がある。数日前、消防署の裏で火事が発生した。署から直線距離で約100mほど、徒歩3分くらいの場所である。しかし、魔の杉並住宅地では、とんでもないことになった。消防署は、青梅街道沿いにある。しかし、火事場は表側ではなく、真裏。消防車は裏口からでることなんて不可能である。表の街道に出たはいいが、迷路のような杉並住宅地。緊急車両は、信号無視することは許されるが、せまい道路に不法に止めてある自転車などを踏みつぶし、進入禁止を無視することはできないらしい。あたりまえだ。そうすると、火事場はすぐ目の前なのに、迷路にはまった消防車は、思った以上に時間がかかり、すぐに現場に辿り着かないのだ。時間は22時ころ。

私はちょうど、地下鉄南阿佐ヶ谷の駅に到着したところだった。電車は停止したが、すぐには扉が開かなかった。アナウンスがあり、近くで火事が発生したため、煙が駅構内にはいっている。ということだった。電車を降りると確かに駅は煙たかった。実際の火事場は、駅からはずいぶん離れていた。しかし、構造的に駅構内に煙が入ってきたのだろう。

火事場の住宅は全焼してしまった。都会の住宅地は、落とし穴がいっぱいということを知った。

まじめに働くぞ宣言

 会う人、みんなにどうやって食べているのですか?と昔からよく聞かれる。もともと生活力があることと、赤貧慣れしているのだろうと思う。以前は、パフォーマンスのお仕事でなんとかなった。それにNGOなどからの依頼で海外で仕事をしている期間がけっこう多かったため、これまたなんとかなった。日本にいるときは、あんがい楽しくぷらぷらしていることが多かった。

しかし、いくらなんでもそんな悠長な時代はさようなら!!2013年は、ひたすらアルバイトします。なんで年頭ではなく、こんな半端な時期にこんな記事を書いているかと言うと・・

やはり、自分にとってメインになるのはパフォーマンスを構築し、上演してゆくことだ。来年もそのためのプランはたくさんある。また、ラオスとかかわりながら、創作してゆくことも進めてゆく。しかし・・くらしていかなければなりませんのや。だからそれはそれで、この時期、覚悟を決めてしまったというわけ。

人形演劇祭 inochi

Img_101_1 毎年、参加させていただいている「せんがわ劇場フェスティバル」

第4回 人形演劇祭 inochi に様々な形で参加します。

2013/1/13(日) プレイベント

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2013/2/16(土)

   演劇祭の中で街中パフォーマンス

       11:00  京王線仙川駅駅前

   13:10  ピポットせんがわ(中庭)

2013/2/24(日)

   サンデーマティネコンサート・・バリの楽器グンデルワヤンを奏でる
                      「パドマ」のコンサートに参加
     場所:せんがわ劇場

Inoch_2

なぜ人は描き続けるのだろう?

 ペトログリフの本をずっと見ていた。世界中にある古代の人が描いた絵。紙などないので、岩などに描く。描きにくいので細かくない。しかし、そこには素朴な力強さと美しさがある。

S10241jpg この写真は、トーの父親であるルートマニー氏がつくった人形である。彼は、ラオスのオブジェクトシアターを創設した偉大なる人物であるが、現在は退職まじかの公務員職をまじめに邁進中。・・が、とにかく、彼はモノを作っていないと気が済まない。旅をして、疲れて宿に辿り着き、さて寝ようかという時刻。どこかでゴトゴトと作業する音。探し当てるとルートマニー氏が、森で拾った流木で何か作っている。日本に来た時は、空き缶で。とにかく彼は、ひろったもので作らずにはいられない。あっという間に作ってしまう。作りは簡単。だけど、何か迫ってくるものが必ずある。そこに理屈はない。作らずにはいられないイマジネーションとパワー。それはきっと人間がもともと持っているものなのだろう。ゴタゴタ考えることなく表現し続けたい。と自分も思うのでした。

少数民族の文化

 昨夜、体調不良、および発熱を押してHPEの谷由紀子さんの展示会で行われる樫永先生と谷さんのトークを聴きに行った。谷さんは、ラオスの山奥で少数民族の方々と布を作っていらっしゃる方、樫永先生は、ラオス、ベトナム国境付近を中心に黒タイ族の研究をなさっている方。無理して行っただけあって、むちゃくちゃおもしろかった。

ラオス、ベトナム、中国、ミャンマー国境付近は、少数民族の方々が入り乱れて暮らしている。国境の意味がよくわからなくなる。かれらの歴史は、ほとんどの場合、伝説で語られる。とにかく独特の織物、衣装、風習などなにもかも興味深いのだが、共通しているのは、森と生きてきたこと。

森と生きるということは、森にあるものを最大限利用するということだ。たとえば葛。葛は日本にもたくさんある。葛はもちろん食料として様々にアレンジされてつかわれているが、繊維をとって布にすることもできるのだ。たとえばグヮバ。首都ヴィエンチャンでお腹を壊したとき、食べさせられ治ったことがある。薬になるのだ。そしたら優れた染料でもあるそうだ。

人々の暮らしは限りなく深く、森は限りなく豊かだ。実際、そのあたりをうろつくことが多いので、残念ながらそこが、どんどん開発によって壊されていっていること。少数民族の方々の優れた文化がなくなりつつあることを知っている。地球はどこにいくのだろうか?

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