« 夜行バス唖然! | トップページ | 米食 »

百姓として生きてゆくこと

Img_2489

親戚の村に行った。彼らはずっと河と共に生きてきた。氾濫することが当たり前の自然の河で、氾濫を見越して農作物を作ってきた。河には大きな魚があふれ、森には小動物やさまざまな森作物?があった。しかし、この環境は終わりを告げる。すでにつぎつぎにダムの工事が始まっている。山は崩され、工事用トラックが走り回る。

今回、素朴に生きてきた彼らの生活感覚が変わっていることに驚く。自給自足で生きてきた彼らは生産物を流通にのせるという概念をもっていなかった。説明しても理解できなかった。しかし、今年彼らはどうやって現金収入を増したらよいのか?そればかり考えるようになっていた。自分たちの食べ物をつくっていた畑は商品作物用果樹園に変わっていた。一見、ただ漫然と素朴に生きているように見えるが、必死に方策を探り、工夫を凝らして急激に変化し続ける環境と戦っているのだ。1年前とは完全に様変わりした畑をみせてもらって感慨深かった。兄さんが突然「自分たちは貧しいのだということを知った。」と言った。彼らはお金を持っていなかったので、確かにずっと貧しかった。しかし、豊かな森の中で彼ら的にはいままで不自由を感じていなかったのだ。いままで彼らは貧しいと思っていなかった。夕飯をたべたあと必ず始まる歌や楽器の演奏が一度もなかった。彼らはもう歌わないのだろうか?何度も聞いてみたいと思ったが、なぜだかはばかられて、聞くことができなかった。

« 夜行バス唖然! | トップページ | 米食 »

メコンの木霊(日記)」カテゴリの記事

プロフィール

無料ブログはココログ