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2013年8月

原始人テレビを買う。

 生まれて初めてテレビを買いに行った。いままで3代テレビがあったが、一代目は友人から、三代目は大家さんからもらった。二代目は、道端で中古を拾った。

実はこの三カ月、大家さんから頂いたふる~いブラウン管テレビは音も出ないし、画像も時々しか映らなかった。しかし、その間、家にいたのは数えるほどなので、どうでもよかったわけ。今月ちょびっと小金が入ったので、さっそく量販店に買いに行ったが、初めてのことはなんでもキンチョウする。

「て、てれび、あの、ください。いちばん安いやつ・・」というとおねえさんが、価格は安いですけど内蔵なんとかはありません。とか、裏番組録画は・・とか説明してくださるが、全部わからん。裏に映ろうが、表に映ろうが、映ればよろしい。というわけで、よくわからないまま、やはり一番安いテレビを買う。普段、大型の買い物をしないわたくしはテレビ買いごときで、なんだかえらい達成感を感じながら帰ったのでした。

犬と祭り

 高円寺にある某お宅で、ご一家海外旅行中、犬様の面倒を見るというふてぶてしいバイトをする。週末は高円寺阿波踊り。犬を散歩に連れ出すと、ちょうどどこかの連の方々が、そろいの衣装で踊ってきた。踊りながら迫りくる興奮した人の波、そしてお囃子に犬、恐慌をきたす。小型犬なので、私を登りはじめ、頭に達する。

夜は犬様と添い寝。ところが夕方のお祭り騒ぎがきいてしまった犬。悪夢を見る。「う~う~うわん!!」と叫びまくりうるさいので、足元に寝かすと今度は足にかじりつく。おかげで忙しくもないのに、寝不足で目の下にクマ。野生をしらない飼い犬君にとって、お祭りの悪夢とはどんなものだったのだろうか?

私は何者なのか?

ラオス劇団カオニャオが帰国して間もない折、知り合いの青年の悩みを知る。彼の両親は中国で生まれ育った。結婚して、ラオスに行き、商売が軌道に乗り始めたころ、ラオスに革命がおこり、難民として日本にきた。かれはたぶん日本で生まれた。家族は日本国籍を取得。その後、しばらくして日本企業の現地代表としてラオスに戻った家族は、その後ラオスで暮らす。彼はラオス語、日本語、中国語を普通に話す。今、日本に留学中。しかし、友人ができない。普通の日本名を名乗っているが、たしかに彼の文化的アイデンティティーは日本人ではない。

つい数日前まで、カオニャオと一緒に仕事をしていて、一日に10回は怒り狂っていた。ラオス的アイデンティティーの彼らに、日本のシステムの中でお行儀よく、失礼なく仕事を遂行してもらうためには、わたしは怒鳴る必要がある。彼らの価値観、時間の流れ、人間関係のとり方は、日本と全く異なる。これは愛や信頼などで乗り越えられるようなものではない。そのことを痛感した直後にきいた青年の悩みは重かった。

「私は何者なのか?」と彼はきいた。本当にそのことを考えた経験が自分にはない気がする。

踊る人形遣いたち

 今回、インド、カンボジア、ラオス、日本でずっと毎日集まってワークショップをしていた。いつも思うけど、アジアのモノ使いたち、なにが個人的に面白いかと言うと、なぜかみんな踊る。インドチームリーダー。この方は、世界有数超絶おしゃべり。そして、上演するといっては、お祈り踊り。ありがとうといっては、お礼のダンス。つまり踊っているか、しゃべっているか、しゃべりながら踊っているか・・それが人生。さすが悠久のインド。日本には、なかなかありえねえ個性だった。カンボジアチームが大型影絵を使うときは、人のシルエットがはっきり出るので、美しく動く。なんどもご一緒しているけど、何度見ても見あきない。特にリーダー氏の動き、肩のあたり・・うっとり・・ラオスメンバーみんなに「口あいて、でれでれの顔して彼をみるのをやめるか、カンボジアに行って彼の奴隷になるか今すぐ決めろ。」とおこられる。ラオスの伝統人形劇「イポック」も実は踊れないと操れないのだ。踊る人形遣いになりたい私は、通訳のくせにどの踊りも夢中になってしまう。それぞれポイントとなるリズムが違うので、どれも難しい。130804ws2


この写真は、kaeruさんから送ってもらった4か国合同コラボレーション作品の練習風景。カンボジアのシルエットとラオスのヤシの実人形と、インドの聖ザル、ハヌマーンがおなじ空間で生きている瞬間。わたしは、やっぱりアジアのモノ使いたちの感覚がたまらなく好きだ。

フェスティバルな日々

7月後半から昨日まで、いいだ人形劇フェスティバルにトー率いるカオニャオから3人が参加しており、通訳(ほとんど成り立っていないが・・)兼コーディネーターの私は、毎日上へ下への大騒ぎだった。Img_3146


やっと終了し、さて撮影した膨大な写真をブログに・・とカメラをチェックすると、なんとトーの野郎が、全部自分のPCに入れて持って行ってしまっていた。残っていたのは、インドの方々と楽屋で撮影した最終日の数枚だけ・・ご興味のある方は、facebbokのKHAONIEWを検索すると、全部そこに掲載されています。・・っておこるぞ!!ふざけるな。

通訳なので、半分は日本語をしゃべっていたわけだが、頭の中が、ことばを転換するモードになっているため、個人的な日本語がない。思考回路が、ラオスモードになっているためだ。仕事に関すること以外、すべての悩みを忘れているということはいいことだが、突然、知り合いにお会いしても、日本語モードのあいさつがでてこないのにはまいった。しかも通訳はひとりだが、やんちゃで好奇心まるだしの3人が同時にいろいろしゃべるので、水しかはいっていない私の頭は、ほぼいつでもパンク状態。上演もワークショップもとても刺激的で、4人でず~~っと興奮状態だった。そのため、きっと数日、あさぬまちずこ開店休業中だと思います。

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