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ラオス語の難しさ

 小春日和のある一日、東京外語大の学祭にでかける。外大祭の楽しみは、世界中の食べ物が、リーズナブルに全部食べられること。インドネシアの語劇を観に行く。みなさん、日ごろの成果、および青春の情熱でとても熱く、なんだか心がほこほこと暖かくなる熱演でした。

東ティモールで仕事をしたとき、ちょっとしゃべったことがあるのでフト思う。インドネシア語には声調が無い。ラオス語課の語劇は、私だって少しは働いている平日の昼だったので、行くことができなかった。ラオス担当教授は「こ、今年は、何言っているのかわかったのよ~~」とそれに大感激の様子。そうラオス語は、カタカナで覚えてしゃべっても通じない。発音およびイントネーション命なのだ。いくら毎日ラオス語を勉強している学生とはいえ、1時間の劇を「通じるラオス語」で演じるのはたいへんだっただろうなあ・・それぞれ外国の言葉は難しいのだろう。私はラオス語の世界しか知らないが、これは日本語だけで生きてきた根本を揺るがすほど、言葉の基本姿勢が異なると思う。イコールそれは今まで知らなかった感覚を感じることでもある。

なんて悠長なことをいいているが、いまだトーは私の発音がわからなくなるたびに「くびだ!!」と騒ぐので、他人ごとでは全然ない。

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