« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

飛騨地方

今年最後の旅。飛騨。雪と寒さが育てる文化もある。

Img_3521
でも昔から寒いのは苦手。岩手県うまれなのに・・とってもいいところだったけれどね。

Img_3516

おもな動機

車窓から見える長野の山々は美しく雪をいただき、飯田の街は空気がキーンと冷えていた。Img_3513


今年も旅ではじまり、旅で終わりそう。昔、まだパントマイム下働きの頃、師匠に「おまえは、パフォーマンスに命をかけようとこの道を選んだのか?それとも旅ができるからえらんだのか?」と問われ、考え込むわたくし、まさかの展開に愕然とする師匠。

いまだにその答えがどちらなのか考え中。

ラオス語でいいな。

 せっかくバンコクで活動していたのに、写真が一枚もないのは、またしてもトーの野郎がメモリーカードをいつの間にか抜いて持って帰ったからでした。ばかたれ~~!!
 タイにおいてラオスと言うのはとても微妙。民族も違う。でも言語や文化は似ていて、簡単な単語なら私でもわかる。しかし、一般的にタイ側は、ラオスを文化の果ての野蛮な国と見ている傾向がちょっとあり、ドラマや映画などではラオス語をド田舎もんのお笑いネタに使う。一方ラオスは、タイのテレビをみているので、都市居住者はタイ語がわかる。でもやっぱりバンコクでラオス語を使うのは恥ずかしいという気持ちを持っている人も多い。が・・・カオニャオメンバーは、みんな普通にタイ語が喋れるのに、むこうに理解できる範囲ではしっかりきっちりラオス語でいう。たとえば「ありがとう」の正式な言い方。いちばんお笑いネタになることば。全然違うけど、つまりラオス語では超ずーずー弁に聞こえるらしいが、タイ人も知っている。
 私が無理して変な発音のタイ語をしゃべろうとしていると「ラオス語で言いな!ラオス語の方がきれいに発音できるだろ?ラオス語は美しい言葉なんだ。」とトーにいわれる。彼らのパフォーマンスが説得力を持つのは、身の回りにある普段なら捨ててしまうものをしっかり見て、美しいと思う信念を持っているからなのだといつも思うが、ラオスという文化に関しても同じことが言える。

しかし・・もともと私は日本人だし、ラオス語もきれいに発音できないし、タイで仕事をする限り、タイの方々と信頼関係を築く必要もあるし、ごたごた言い訳していますが、もっと微妙なのです。

バンコクは、今年もデモだった。

デモのバンコクにいた。私たちが参加したフェスティバルは、デモのお休み中!!に開催されたので、何事もなく成功することができた。そして、終了した翌日。百万人デモがおこった。

どんなに抑圧されても、お上に声を上げることができない国の事情を見ることが多かった。だから大規模なデモができるということには賛同する。何人かの若い日本人パフォーマーがデモに遭遇した。彼らは「感動してしまった。」といい「涙が止まらなかった。」と言った。それは正直な感想だろう。広い道路を埋め尽くすタイの国旗、同じ主張の人々、ちょうど政府転覆という一報が届いた直後だったので、勝利に歓喜する一体感。今までの事情を知らないでその状況に遭遇すれば、誰でも感動するだろう。特に閉塞感が強く結束力の弱い東京から行った若者はそうだろう。しかし、民衆の一体感という大きなエネルギーに流されることも恐ろしいことだとおばさんは強く感じた。タイの友人に「バンコクにいるならデモに参加しよう。」と誘われた。ラオスから参加した劇団「カオニャオ」メンバーは、「お金がもらえるらしい。只で酒が飲めるらしい。知り合いのミュージシャンが無料コンサートもやるらしい。」とデモに行きたがった。ラオスでデモなんかしたら、すぐ消されるし。といいつつ。様々なことがとても複雑。表もあれば裏もある。一筋縄ではいかない。

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

プロフィール

無料ブログはココログ