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2014年2月

托鉢

 ここ首都の街中でも、なんとかお坊さんは毎朝の托鉢だけが食料と言う状態を保っている。ラオスの京都といわれるルアンパバーンでは托鉢風景もも観光資源のひとつになっているので簡単には消失しないだろうけど、首都はあぶない。Img_3549

 

さて本日朝6時、親戚のおばさんたち、いちおうちゃんとした格好に着替えてお坊様を待っております。やってきましたお坊様。ところが偶然同時にゴミ収集車登場。こちらは1週間に一回分別なしの収集なうえ、若いにいさんを積んだ荷台がでかいだけのオープントラックがやってきて、出ているゴミをボンボカ荷台に投げ入れる。ごみ袋を使わず、大きなごみ籠からというのもあり、付近は悪臭、舞い上がる怪しいゴミたち、吠える犬、と大変な状況が出現する。それでもおごそかにおこなわれる托鉢。それぞれの鉢にごはんやおかずを差し入れる。Img_3550
 ・・と、最後のおばさんが差し入れたのは、なんと清潔なビニール袋人数分。おごそかな托鉢を終え、それぞれ真言を唱えながら、おがんでいる傍らで、お坊さん方、あわや必死の分別作業をしております。それが時系列順、この3枚です。

 

信仰がくらしと密着していて、日本人から見れば不謹慎にみえるかもしれないけど、お坊さんたちにしてみれば、食べ物はこれしかないわけだし。おばさんたちは、毎朝、5時に起きて準備をするわけだし。私はラオスの清濁いっしょなあり方がとても好き。Img_3551_4

黒髪洗って真っ青

バイクの後ろに乗せていただいてあちこち走り回り、帰宅して髪を洗う。シャワーはない。大きなバケツにためてある水で洗うのが我が家風。いつもはかけ流し?だが夕べに限って洗面器で洗った。汚れた水を見て絶句する。ヘドロのたまった下水色だ・・

 

そもそも水しかないのでシャンプーは泡立たない。どうしても日本の使用量の2倍使ってしまう。が、それと汚れは関係あるまい。首都ヴィエンチャンの外気はかなり汚れているとは感じる。以前は未舗装道路が多かったので、たしかに泥だらけになったが、水は茶色く濁った。今は鼠色・・またある情報によると、中国の黄砂や大気汚染は、偏西風などの関係で、日本よりラオスの方が濃度濃く渡ってくるらしい。それにくわえて環境基準のあいまいな状態であふれかえるバイクなどなど・・空気のきれいな森の国だったラオスはもはや過去形になりつつある。

しぶとく暮らせばけっこう幸せ

わが居候先は、典型的な庶民である。8か月前に来た時、親戚も含め給料がみんな突然3倍に上昇し、歌え踊れの大騒ぎであった。いきなり給料を3倍にするって、いくら経済はわからんちんの私でもラオス政府ってすごい!といろいろな意味で考えてしまう。また庶民も庶民で長靴を買うのに借金したと言っていた人が、ばしばし自宅をぶっ壊し、家を新築しようとしたり、息子の結婚式に有名歌手を呼んでコンサートしたりしていて、開いた口がふさがらなかった。それが今回来てみたら、見事に鎮静化している。給料がまたドドドッと下がったのだ。Img_3536 これはね、みんな公務員の話です。

 

日本人だったらこんないつどうなるかわからない暮らし耐えられないだろうなあ。不安が先に立って一時収入が入ったら、その分きっちり貯金してしまいそうな気がする。ふたたびドドドっと下がったこちらの人々は、口ではワーワーいうけれど、どっこいしぶとく楽しそうだ。我が家では、ペットボトルにねぎだの、菜っ葉だのが植わっていた。残飯を植えただけとのことだった。出勤前にそれらに水をやりながらうちのねえさんは大きな声で歌を歌っていた。

新築の過程

ひさしぶりのラオスImg_3532_1。隣の家が新築のため解体されていた。この一家は9人。男兄弟7人に父母である。家の新築は大工を入れず、一番末っ子7歳も含めて家族で新居を作っている。

 

それも日本ではまれなことであるが、慣れた私でもびっくりするのは、家が完成するまで9人がどこで暮らしているかである。この写真の右下を拡大すると・・

 

下の写真。蒲団や衣類が野ざらしにはみ出ているが、ここに9人寝泊りしているのだ。今は雨がほとんど降らないからよいが雨季はどうするのだろう?当事者に聞いてみた。「なんとかなるよ。」とのこと。新居完成予定は4年後だそうだ・・・黙想・・

Img_3533_2

コミュニケーションのみょう?

 トーは今、フランスにいて、私はまもなくラオスに行く。さまざまな打ち合わせは時差が大きいので、facebookのチャットが多い。トーはだいたい日本時間の夜中2時ころに書き込むことが多く、私の回答はフランス時間のやはり2時ころ。朝、メールを開けると「トーさんからコメントです。」とのこと。さっそく開けると「ご飯食べた?」
は?・・・無視していると翌日・・・「どこいくの?」

両方とも、ラオスで戸口をでたところでばったりご近所さんに会ったときに言う言葉だ。日本のように「今日は寒いですねえ」とかいわない。でもまあその手のごあいさつ。でも8時間時差のある日本とフランスでもいいのか?そもそも現在、私たちはさまざまな問題打開に向けて、討論している最中だったのではないか?そしてワインとフランスパンをごはんしている君に、納豆かけめしを食っているわたしが答えてもいいのか?

日本の朝、出勤まえにくだらないことでしばし考え込む。

外国に行って仕事をすること

オリンピックを見るといつも思う。メンタルも含め、微妙な違いが結果に出る仕事?を海外で行うことの困難を、である。

 

慣れているラオスであっても、到着後全力をだしてよいステージングができるようになるためには数日必要だ。ラオスに限って言えば、行ったら身体も頭脳も切り替える方が早い。時差があり、居候先の起床時間は休みの日であっても5時代。朝から水をかぶり、朝食からがっつりもち米。もうわかっているので、ひたすらシステムチェンジする。それでもやはり「自然」になるためには時間がかかる。他の国だとわからないためもっと時間がかかる。

世界を転戦するトーたちラオスチームの方法はまたちがう。どこにいってもだら~っとラオス式。コーディネーターの私は、彼らの日本公演のたびに、時間を守らせ、きちんとしなければならない日本社会から大きくはみ出ないようにするために早朝からず~~っと怒鳴りつづけている。かれらは「あ~~??」と反応し続ける。
 でもだから彼らはどこに行っても普通と同じように力を発揮することができるのだ。私は本気であのノーテンキなメンタルがほしい。それはイコール、心の強さにつながるからだ。

西遊記

 最近、日本の方に「あなたのパフォーマンスはつじつまが合わない。」とよくいわれる。ラオスで修業を始めたとき、彼らの創作の荒唐無稽についていけず、「なんでそうなるの?理由は?」と聞いて、みんなを怒らせていた。最近はすっかり神話的、古い民話的考え方の方がしっくりくるようになってしまって今度は日本で難儀するようになった。Img_3528


そんな中で「西遊記」をちゃんと読んでみようかな。と思った。読みだすとかなり面白い。しかし例のごとく「つじつま」にこだわらなければ・・だ。三蔵法師は実在の方だし、インドまでお教をとりに行ったことも史実。しかし中身は荒唐無稽。この史実性とわけわからなさのバランスがたまらなくよい。ラオス的荒唐無稽の場合、深く付き合ってみればわかることだが、今、そこで生きている瞬間におこったことは、理由はないまでも必然がある。システムの流れだけで物事を考えてしまう習慣があるから、荒唐無稽なだけで、実はそうでもない。

「西遊記」の世界はもっと広漠としてでかい。ほんとにその時代のあの場所、あの距離を天竺まで往復した玄奘法師は、偉大です。

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