托鉢
ここ首都の街中でも、なんとかお坊さんは毎朝の托鉢だけが食料と言う状態を保っている。ラオスの京都といわれるルアンパバーンでは托鉢風景もも観光資源のひとつになっているので簡単には消失しないだろうけど、首都はあぶない。
さて本日朝6時、親戚のおばさんたち、いちおうちゃんとした格好に着替えてお坊様を待っております。やってきましたお坊様。ところが偶然同時にゴミ収集車登場。こちらは1週間に一回分別なしの収集なうえ、若いにいさんを積んだ荷台がでかいだけのオープントラックがやってきて、出ているゴミをボンボカ荷台に投げ入れる。ごみ袋を使わず、大きなごみ籠からというのもあり、付近は悪臭、舞い上がる怪しいゴミたち、吠える犬、と大変な状況が出現する。それでもおごそかにおこなわれる托鉢。それぞれの鉢にごはんやおかずを差し入れる。
・・と、最後のおばさんが差し入れたのは、なんと清潔なビニール袋人数分。おごそかな托鉢を終え、それぞれ真言を唱えながら、おがんでいる傍らで、お坊さん方、あわや必死の分別作業をしております。それが時系列順、この3枚です。
信仰がくらしと密着していて、日本人から見れば不謹慎にみえるかもしれないけど、お坊さんたちにしてみれば、食べ物はこれしかないわけだし。おばさんたちは、毎朝、5時に起きて準備をするわけだし。私はラオスの清濁いっしょなあり方がとても好き。
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