« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

気温差にノックアウト

数年前まで、1年に7~8回海外に行っていた。だから温度差には強いと思っていたが、今回は負けた。

ヴィエンチャンを出発するとき36度くらいだった。居住空間にクーラーは存在しないので、荷造りも汗だくで、うんざりしていた。しかし成田到着時外気温は0度だった。そんなもんだろうと思って帰宅。我が家には電気こたつが一個あるだけ。慣れてしまえば東京の冬なんてこれだけでなんとかなる。下半身を温めれば、まもなく上半身も暖かくなる・・はずだった。しかし、全然熱を身体が吸収してくれない。どんどん寒くなるばかりで地蔵のように固まる。バスタブにお湯をいれて入ってみる。身体中がちりちりした。どうやら身体の神経は、まだ熱帯ラオスにいて、熱を放出しようとしているようだ。体調も悪くなって、本日の予定をキャンセルし、じっとコタツに埋まっている状態。

予定不可能

ラオスにいて、いちばん顕著に感じることは、予定、計画、予測など何もあてにはならないということだ。家人は劇団の役者で地方公演があると言って2週間分の荷づくりをしてある朝出発した。その夜、帰宅してみるといつもとかわらず夕飯の支度をしていた。旅の途上で車が壊れて戻ったそうだ。その3日後、再び出かけたがまた戻ってきた。毎朝、私は聞いてしまう。「今日は出発するの?」家人は言う「そんな今日のことなんて、今わかるわけないでしょう。」これは政府が企画している地方公演の話で待っていたのに劇団が来なかった地方の人々はどうしているのだろう?と考えるのは私だけ。誰も気にも留めない。Img_3567

自分の仕事も同じで、スケジュールなど絶対あてにしてはならない。はじめから無いと思った方が良い。そしてだまってここにいるだけで次々となにかがおこる。昨日は裏の家でさて豚をぶち殺して食べようとしたところで豚逃走。我が家に乱入。豚も命がけなので、私はPCだけ持ってひたすら逃げ回るが、家の中ぐちゃぐちゃ。そうかと思うと真夜中に親戚が亡くなったとかで大騒ぎ。そしていつでもなんとかなる。この最後が重要。私たちは予想していろいろ心配してしまうが、ここではうまくいってもいかなくても、いつでもなんとかなるのである。

ラオスとフランスの舞台

劇団カオニャオは現在、フランスとの合同演出作品上演直前である。稽古を見に行く。今回役者は全部ラオス人、演出がラオス側トー、あとフランス人である。このフランス人演出家の作品は、いつも舞台自体に凝る。この作品も竹でつくった枠と中にはほんものの水を張った池がある。Img_3564_2

稽古を見ていてパフォーマーである私としてはとっても不思議。フランス人はフランスらしくコンセプト的なことを言っている。ラオス側はコンセプトなどぶっとばしてその場の息遣いでどんどん内容を変えてゆく。日本人の私から見れば、ぜんぜん噛み合っていないように見えるが、双方ともそうは思っていないようだ。創作の現場というのは、なかなかハードなものだが、なんかお互いにお互いを受け入れて不思議なバランスで動いている。日本ではありえないなあ・・と思う。日本でプロのアーティストにワークショップをするとき、トーはけっこういらだつ。日本のアーティストが理屈からなかなか出てくれないからだ。それは私と二人で創作するときもっと過激に衝突する原因となる。しかしどうもフランス対ラオスはそうではない。

そもそもカオニャオが日本に来て日本のスタッフをおこらせる原因が、稽古中にゴロゴロしたり、演出家の話中に寝てしまったりすることだが、フランス人演出家、ラオス人役者本気の演技中にわたしに地下足袋のはき方というのを聞きに来た。いいのか?もしかしてうまくいかない原因は日本人がばかまじめすぎるということなのか?

facebook無情

田舎つながりの親戚がスマホを持っていた。なにしろほんとに20年近くも家族のように付き合ってもらっているので友達になった。するとその日のうちに「私は、あなたの弟の嫁の親戚の弟だが」とかいうたぐいの友達リクエストが来るわ来るわ・・・私は遠距離の友人が多く、連絡するのにたしかにfacebookは手軽なので、友達は遠距離、重要、かつ即刻連絡する必要性がある人に限定している。だから悪いけど友達にはならない。しかし、そこで展開されている内容を見て瞠目!!田舎の豚の育成具合とか、今年の畑の様子とか、親戚回覧板のような冠婚葬祭のお知らせなど・・こ、これがfacebook??ほんとにド田舎電子回覧板だ

古典的ネズミと猫の話

 3日ほど毎夜、就寝中にねずみが足元まで来てむき出しの床板をかじる。うるさいし、近くて怖いので家人にいうと、そういうことは早く言え。といわれる。

 

さっそくその日の夕方、ねこ殿がいらっしゃる。会うなり爆笑。だってつれてこられた猫殿、モロ、「金さえもらえば無情にもどんな殺しも引き受けます。」という面構え。微塵も愛らしくない。実際には金が動いたわけでもなく、もちろん殺しを依頼するような協定が猫殿と取り交わされたわけでもない。ただ、ねこが家に来ただけ。気の長い話だ。と思った。

 

ところがその晩、深夜2時、猫殿対ネズミ、いったいどこから入ってきたのか双方不明なのだが、私が寝ている部屋の屋根周辺で大乱闘。最後はもちろん「チュチュチュ~~」という悲しい悲鳴と共にネズミ、暗殺される。すべてを解決し、不敵な面構えのまま去ってゆく猫殿。

 

さてこの写真は、ラオスのみなさんが家の守りにしている鳥の巣。みんな生き物が持ちつもたれるつして暮らしているわけ。 Img_3560

不思議な体験

ヴィエンチャンの古くからの友人が、お勧めのマッサージ師がいるという。値段も手ごろだったので行くことにした。マッサージ師さんは、20代前半のやせた美しい女性だった。しかし全盲で生まれたときから一度も光を見たことが無いと言った。

 

職業柄もあり、アジア各地でマッサージを受けた経験があるが、彼女の手法のレベルはこれまででほぼナンバー1と言うほど高かった。ラオス式マッサージは、値段が安いせいもあって、おなじみだが、彼女のやりかたは、かなり独特だった。彼女から私は全く見えていないわけだが、マッサージをしながら私のくせや身体的に弱いところ、容姿や年齢まで当てていった。

 

最後に彼女は言った。「誰にでもっていうわけではないけど、ときどき私がプレゼントをあげられる体質の人がいるの。わたしとの相性もあるのだけれど、あなたはそのひとり。プレゼントをあげる。」どんなプレゼントか?ときくと「わたしにはわからないのよ。少しの間光が変わるらしい。」・・それから彼女は、しばらくの間、わたしのお腹の上に手を置いていた。終了して別に変ったことはなかった。店をでて、ふと見上げるとラオスならどこにでもあるブーゲンビリアが咲いていた。息をのむ。ブーゲンビリアの紫の輝き、葉の緑の輝きに感動してしまう。それから空気の汚れたヴィエンチャンの街をバイクでひっぱるタクシーにのって帰宅したが、その途中も、夕暮れの光に・・咲き誇る蓮の花に、涙が出るほど感動する。この世界は、なんと光にあふれているのだろう・・話はそれだけ・・しかし、この日を一生忘れないだろう。

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

プロフィール

無料ブログはココログ