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説明

自分のパフォーマンスについて、ラオスの劇団カオニャオのパフォーマンスについてコンセプトとかメッセージの説明を求められることが年々増えてきている。自分について言えば、目指しているところははっきりある。しかし、それを口で説明できるものなら、汗かいてパフォーマンスする意味がない。このような考え方は尊大だといわれる。説明を拒否しているのではなく、説明できないのだ。目指す方向がばっちりうまく表現できているとは全く思わない。常にそれに向かっているのに、行きつかない。だから説明を求められるのかもしれない。

特にラオスと深くかかわっているので、「貧困」とか「戦争」に関して表現している、または表現しろと言われることも多い。それらが存在したことは事実で、文化がその影響を強く受け、そのまた影響を受け続ける私がいることも確かなことだ。しかし、私は説明者ではない。もっと普遍的な表現に向かいたいと思う。たいそうな話ではない。ラオスの多くのアーティストたちのように、生きているまんま、というのが好きだ。Img_3593

新緑の小石川後楽園で春爛漫の中、そんなことを考えていた。

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