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2016年2月

大阪ドキドキ

 ひとりで大阪に仕事に行った。以前一度、友人につれていってもらった民族学博物館である。ひさしぶりにひとりで知らない街で次々に電車を乗り換え移動しなければいけないはめになる方向音痴のわたくし。いちいち迷いまくり。こんなにドキドキしながら移動するのは久しぶりだ。ラオスも、タイも、いつでも連れて行ってくれる人がいる状態で移動しているため、異国なのに緊張していないことがわかったImg_4547


そしてドド~~ン。目の前にこの方が現れた。迷っているのに、もうさっさと現場に到着しなくてはいけないのに、まじかにみる太陽の塔の迫力に、おおおおお~~~!!とフリーズ。しばし、眺める。万博跡地は広く、周囲に大きな建物がないので、余計太陽の塔の迫力は増す。なんだかしらないがうれしくなります。

そしてそこを回りこむ必要があった。裏に回る。なんという裏の顔。またしてもしばしボーゼン。

現場に到着したときは、すでにエネルギーが切れていた。

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ライオンに聞きたいこと

 今年はありがたいことに上演の機会が多い。しかし今は寒い。その上ばあさんである。リハーサルをするにも入念にウォーミングアップしないと身体がいうことをきかない。

TVの映像でしか知らないが、準備体操をした後 狩りをするライオンを見たことがない。藪にじっと待機していきなり全力疾走である。途中でぎっくり腰になったライオンも知らない。どうなっているのか??イチローも、羽生君も入念なアップをすることで有名だ。しかし、ライオンは・・自主トレした話もきかない。冗談ではなく、マジとても知りたい秘密です。

ふるさとのような村

 生きてきた中で外せない場所があるとしたら、まずこの村である。Img_4511 ここには、おとうさんおかあさん、たくさんの親戚がいる。今回、劇団カオニャオと日本チームはこの地で最終公演をおこなった。

近くに複数の中国ダムが操業を開始し、川の環境も土地の環境も大きく変わった。つい数年まえまで木造の高床式の家しかなかった村のほとんどが、ピンクやイエローの煉瓦、または土壁の家に変わった。それでも村の人たちは、この土地で何とか生きていこうとする。6~7年前まで自給自足だった村で、モノを売ることとは何ぞや?と言う話を必死になって説明した時のことが思い出される。そのとき、まったく???状態だったにいさんが、みかん畑でミカン流通の未来を語った時、なんともいえない不思議な気持ちになった。

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上演の最中に村の長老ばあさんが、すっと私の手をとって「よく来たなあ。今晩一緒に寝ような。」とゆっくり、ゆっくり話した

チョンという少年

チョンは、トーの親戚の12歳くらいの少年だ。6歳くらいの時から、ときどきトーの家に住んでいる。ときどき他の親戚の家に住んでいる。だいたいの事情は知っているが、ラオスではよくあることだ。家庭の事情とは関係なく、チョンはほとんどしゃべらない。彼が大人と言葉を交わしているところを見たことがない。周囲もそういう少年に慣れてしまっていて、気にも留めない。フェスティバルの最中、いたるところで写真をとり、トーの息子たちはどの写真にも映っているが、チョンが映っている写真が一枚もない。でも、会場にいつもいてトーの息子たちと一緒に走り回っていたことを覚えている。彼はそんな不思議な少年なのだ。

フェスティバル舞台の裏で、気がつくとチョンがじっと私をみていた。そして唐突に言った「海に行ったことある?」「生まれたところは海のそばだったよ。」「行きたいな。」夢見るように遠くを見てやがてどこかに行ってしまった。チョンとはじめて交わした会話だった。ラオスには、海がない。

ねむの樹の茶店

 ラオススケジュール後半。日本チームとカオニャオチームだけでルアンパバーン公演に行った。数え切れないほど訪れているのに、いつきてもルアンパバーンは美しい街だと思う。Img_4521


毎日、メコン河につきでた大きなねむの樹がある茶店にいってぼんやり河を眺めていた。河をいかだフェリーがゆっくりと行き来する。風が吹いてねむの樹が揺れ、ねむの葉っぱが舞い散る。そこは、野外に板を渡しただけのオープンカフェ。椅子もテーブルも素朴な手作り。ちょっとまがっていたりする。

はじめて店に行ったとき、店の前にジャンボーが止まっていて、あんぱんをつぶしたようなおっさんが客引きをしていた。ちょっとリゾートな気分でいすに座り、たそがれてメコンを見ていると、客引きあんぱんおやじがメニューをもってやってきて「へい、なんにしやす?」ゲゲ・・リゾート丸つぶれ。しかもいっしょに行ったOちゃんたら、ハニーパンケーキを注文。思わず止めに入る。だってだれがパンケーキ焼くんだよ!!あんぱんおやじ「おれが焼く」と宣言。しばしキャンプ用品のような台所でごちゃごちゃ動いていたが、とろける甘さのおいしいパンケーキを持って登場。とにかく、すべてロマンチックなこの茶店。あんぱんおやじだけが異様に不似合いなのだ。ギャップにあきれる・・

それなのに毎日通ってしまった。おやじはジャンボー運転手なのでときどき不在。そうすると待っていたりするわたくし。大きなねむの樹、雄大なメコン、あんぱんおやじこの3点はセットでラオスのロマンなのだ。

奇妙なミッション

ヴィエンチャンフェスティバルの1週間ほど前から主催者カオニャオリーダーのトー夫妻は、ほとんど寝ていない。彼らには二人の子どもがいる当然ふたりはほっとかれる。フェス最中のある日、トー嫁、わが耳元で呪文をとなえる。「明日は長男の誕生日。明日は長男の誕生日なのよ。」無視しようとしたが、呪文はつづく。こっちも余裕がないが、とにかく無理やり友人にケーキ調達をお願いする_dsc8383


フェス開催真っ盛りの楽屋、各国パフォーマーを巻き込んで突然happy birthdayが鳴り響く。あまりに唐突だったため、感動でふるえる長男。無理やり巻き込まれたベトナムやタイのみなさん「このガキはなにもの?」と半信半疑。説明する余裕なし。

短いが心温まるお誕生日セレモニーのあと、出演準備中の私にトー次男かぶりつきで言う。「2月4日は僕の誕生日。絶対ね!!」うう~~2月4日、彼の両親も私たちも地方公演中。子どもたちは親戚に預けられる。地方公演中、頭のどこかに「誕生会をもう一度」というミッションがひっかりつづける。翌5日、地方から帰った飛行場から直行でこれまた無理やり2回目の誕生会を決行したのだった

VF3 ワークショップ

平均年齢が50代後半というふざけた年齢の日本チームはアジア7カ国混在作品創作というワークショップが、精神的に苦であった。だって文化もことばも技能も違うのにうまくコミュニケーションするだけでたいへんなのは火を見るより明らか。_dsc6300


ところが始めてみるととってもわくわくした私たちは、タイのマイムチーム、日本のマイミストそしてラオスのすごく若いさまざまなジャンルのアーティストたちつまり主催者がちゃんと近いジャンルでグループを分けてくれていた。が、タイ語、日本語をつなぐのは、しどろもどろな私のラオス語ということになり、ひたすら頭だけが疲労困憊。

そんな中、癒してくれたのは、私とトリオシーンがあるラオスのチャーミングなおかまカップル。練習風景写真、私の後ろに立っているお嬢さんは「アキラ」彼女?は、恋人エディー(一番後ろにいるちょんまげみたいなへんな髪の彼?彼女?)が参加するので、なんにもやったことないのについてきただけ。しかし、途中でおこる「男と女、雨のあいびき」シーンでは、すんなりタイの素敵な男の恋人役に決定。ふたりともとっても性格がよくてあんがいまじめ。重い荷物に四苦八苦していたら、ひょいと持ち上げてくれて「あたし、あんがい力持ちなのよお。男みたいでしょ。うふっ」などとにっこり。とにかくこのふたりのおかげで幸せな時間を過ごしました。

VF2 ジャンボーパレード

_dsc6624 庶民の乗り物ジャンボーをつかったパレード。昨年評判になったので今年も実施。

楽しそうである。それは嘘ではない。しかし、楽しいのは初めの10分。ジャンボーは狭い揺れる。椅子はただ木を渡しただけ。首都ヴィエンチャンは現在排気ガスだらけ。ジャンボーはオープン。通常はせいぜい15分程度移動目的で乗車するジャンボーに2時間。ミッションは扮装して、せいぜい派手に笑顔を振りまきアピールすること。楽しいが持続するわけがねえ。

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やっとメコン河河畔に到着。ほっとするのもつかの間。今度は歩いて広報。40人くらいのパレード隊。唯一のミュージシャン日本代表Oちゃん。大活躍!!広場でいきなり大道芸。夕暮れ散歩のみなさん大喜び。写真はカンボジアサーカスのメンバー。後で聞いたら、本番よりパレードが疲れました・・とのこと

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ヴィエンチャンフェス1 開会式

昨年に続く第二回ヴィエンチャンフェスティバル。今年は一気にアジア7カ国(タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、韓国、日本そしてラオス)からの参加で、アジア色の強い独特のフェスとなった。_dsc7085

スタッフは私を含め、ろくに英語が喋れずよく成り立ったものだ。開会式は、ラオス地域音楽である勇壮なイトゥム生演奏の中、出演者がジャンボー(バイクで荷台を引っ張る)で登場するなどラオスらしい演出。巨大なカオニャオおひつからカオニャオに模したたくさんの風船があふれ出るなど感動的だった。が・・内実は、信じれらない展開。舞台監督ケオ、音響照明私、総監督トー。ケオが私に聞く「次なにやる?」「はあ?!!」スーツを着て各国大使と笑顔で歓談中のトーのもとに走り「次なんだ?」と聞くわたくし・・「おめえら二人で考えろよ。ひまねえよ。」と笑顔を張りつかせたまま答えるトー。そんなばかな・・というわけで、外から見ればモタモタ感はあるもののあんがい感動的な開会式も、トー、ケオ、私は発狂寸前でした。

こちらはミャンマーの美しい伝統糸操り写真_dsc7312

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