« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

2017年3月

いざとなると・・

ラオスの田舎に住んでいる妹のひとりが、山道でトラック運転中崖から転落、重傷を負った。SNSに掲載された彼女の重傷写真を見て、すぐ連絡を取る。「どことどこの骨が折れているのか?頭を打ったようだが意識レベルはどの程度なのか?」家族の答え「起こそうと思って抱き上げてもぐにゃぐにゃ。名前を呼ぶと時々答える。」「だからどこの骨を折ったのか?」「さわってみたけどわかんないよ」


愕然とする。そうなのだ。レントゲンなどない。もし骨折場所が判明しても手術可能な人材も設備もない。複雑骨折および頭蓋骨に損傷が疑われる人間を設備の整った病院まで山道を搬送することなど不可能だ。設備の整った病院など400K離れた首都までない。最後に彼女の母が言った。「どの呪術師に頼んだらいいと思う?」ブチ切れそうになる。しかし、これは私の思考ルートが間違っている。現状を受け入れ、彼らができる最大限のことをするための思考ルートで考えていかなければならない。そのためには、詳細な症状が判明したところで「でもどうにもできないまま放置するしかないのか」という結論しか出ないのだ。彼らの思考は、私とかけ離れた展開をしてゆく。死生観がそもそも大きく異なる。ふだんわかっているような口をきいているが、愛情を持つ人間が災害に会ったとき、それを受け入れてゆくのは難しい。

ハクビシン

わがアパートに「ハクビシン」らしき輩がねぐらをつくり、ちょっとした騒ぎになった。ハクビシンは夜行性なので、夜中に天井を走り回られるのは睡眠妨害で、悪臭の原因にもなる。Yjimage


ラオスの農村(日本だって農村ではそうだろう)では、野生動物といかに共存するかは大きな課題だ。害は多大にあるが、すべて排除することが環境にとって最善とは言えないからだ。寝室の真ん前にできたスズメバチの巣を駆除してほしいと申し入れて、みんなに怒られたことがある。スズメバチの巣は「吉兆」であり、用心して臨めば彼らは絶対攻撃などしないというのがラオスのみなさんの言い分。そういわれてもねえ・・軟弱な私は受け入れがたいよ。

というわけで、東京の住宅地にお住まいのハクビシン。業者さんが駆除に乗り出すらしいが、どうなることやらです。

視点

立て続けに東南アジア映画をみたり、JICA関連で来日中のラオスの方と観光をしたりしてつくづく感じる。私たち日本人が、他の国の文化、そして死生観とか生命感とかそういうものを理解するのは難しい。


日本人が作ったタイ・ラオス映画「バンコクナイト」では、バンコクにでて自分を売って金を稼ぎ、故郷の田舎に家をたてたお姉ちゃんが主役だ。これは実際よくある話だし、映画人たちはフェアであろうとしていることがよくわかる。しかし、その地域の女性たちの感覚は、知れば知るほど良くわからないのだ。人身売買の泥沼?から救い出したオーストラリアのNGOに救い出された14歳!!のおねえちゃんが「やっと命にかかわる貧乏から家族全員抜け出せそうだったのに余計なことをしやがって・・」とくってかかっているのをみたことがある。ラオスの中で自立して活動しようとしているわが相棒たちとJICAという外国の大きな資金&権力によって他のラオス人より良い生活をしているラオス人の感覚にもショックなほどちがいがある。

私自身、どの立ち位置にいるかで、物事はまったく違って見えてしまう。世の中は複雑怪奇でわからないものなのだ。Keburu

そしてこれは高尾山ケーブルカー。休みの日は朝7時ころから山に登ってしまう。何も考えずにワシワシ歩くだけ。

ひなまつり

昨日は、ひな祭り。私は小学校に入るまでおひな様を知らなかった。もうばあさんなのに、幼少期に私がベビーシッターをしていた少女の家にあがりこんで、生まれて初めておひな祭りを祝う。Photo

サクラモンテの丘

もともとフラメンコを踊っていたのは、現在のバングラデシュにルーツを持つ移民の人たちで、彼らはスペインで洞窟などに住み厳しい生活をしていた。その昔のスタイルを探すドキュメンタリー。昔のスタイルを知る人々は、みなすでに高齢になり、若いダンサーのように技巧的で激しい踊りを踊ることはできない。しかし、彼らがゆったりと踊りだす映像が流れたとき、涙が出そうになった。そこから伝わってくる何か大きなもの。私はこれと同じ想いを何度か体験している。ラオス・ルアンパバーンのイポックを操る老人たちに出会った時、そして同じくラオス・スィーパンドーンのラムを聞いたとき。これらの体験は、考え方を大きく変えた。芸能の力は、技巧ではない。また、コンセプトやアイデアを超えたシンプルだが生きる力を観客に与える芸能を目指したいと思うようになった。簡単なようでこの思いを実践的に維持し続けるのは難しい。この映画をみて、久々に再確認したのだった。「サクロモンテの丘〜ロマの洞窟フラメンコ」


« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

プロフィール

無料ブログはココログ