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通訳とはなんぞ?

 私は、正式な通訳ではない。アートプロジェクトの参加者のひとりでたまたまラオス語がなんとか通じるので通訳もする。なので、双方に説明するときに最小限勝手な発言をする。なぜならそうしないと話が通じないから。たとえば日本人講師の時間にラオス人に即興演技を求めると当然のように「ピー」を演じる。「おばけ」と訳すと講師先生「あ~オバケなら足が無いように演じましょうね。それに恨みの感情とかもあるわけで・・」ラオスのピー(やっぱりおばけとしか訳せない)には足があるし、幽霊ではないので恨みとは違う。それを説明する。でもこれは簡単な例。もっとニュアンス的に説明できないことは山盛りある。たとえば日本人は、いちいち「よろしくおねがいします。」という。初対面のそれは訳せるが、毎日顔をあわせるたびに発せられるよろしくを訳すことばはない。だまっているとトーにどつかれる。

 きっとこれはラオス日本に限ったことではないのだろう。ほんとうの通訳の方はそれをどうやっているのかなあ・・

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