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2020年5月

国境

 ラオスは、5つの国に囲まれているので周りは全部国境。写真は国境がメコン河の場所である。ジャングルの真ん中に国境ラインがあり、国境警備隊と一緒に歩いていたのにいつのまにかタイに入っていて大慌て。という経験もある。しかしやはり国境はどこも独特の緊張がある。そして1990年代、まだカンボジアが内戦中でラオスの治安もかなり問題があった当時、「ほら見てごらん」といわれて国境沿いのメコン河をみると死体がゆっくり流れていた。パンパンにふくれた見る影もない死体。おしえてくれたおじいさんは、毎日のように流れてゆく死体を見ると言っていた。内戦当時、または終結直後の混乱期には逃げようとする難民が銃で撃たれ日に何体も何体も死体が流れていったそうだ。看護師としてご遺体を見ることには慣れていたが、河を流れてゆく無残な死体は衝撃的だった。なぜ、いまそんなことを書くか・・世の中がどんどんリモート化されてゆく昨今、私にとってラオスの体験とは、生のものに触れる体験だったと強く思うからだ。画像やデータではない生のものとの邂逅は人生を変える力を持っている。Img_1766

台湾

 台湾をはじめて訪れたのは2013年、某人形劇フェスティバル参加のためだった。海外旅行が何より好きだがやはり始めての国は緊張する。しかし台湾は食べ物がおいしく、人々もゆるやかで緊張は一気に解け大好きな国の一つになった。わたしのパフォーマンスはプリミティブな要素があるため「原住民」とプリントされたTシャツをきた少数民族の方々が面会に来てくださり、興味深い文化をいろいろ教えてくれた。

 新型コロナの影響で家で読書三昧の毎日、司馬遼太郎著「台湾紀行」を読み、ちょっと唖然とする。この国はつい20数年前まで延々と戒厳令が敷かれ言論の自由などみじんもなかったのだ。自分の無知を反省する。旅行者として訪れるラオスは、ひたすらノー天気な国に見える。実際には政治的に難しい一面を持っているラオスなのに観光客が表の顔だけで判断して心無い行動に走ることに腹をたてている自分が、何も知らずムードだけで台湾を判断し行動していたことがとても恥ずかしい。

そして暖かい気候のため一見ひたすらノー天気にみえる国々がどこも複雑で過酷な歴史をもち、現在でも難しい問題を多数抱えて生きている。観光客として訪れただけ、または数冊本を読んだだけで異国の事情がわかるわけではない。しかし知ることからまず始めなければならないな。Img_20200521_070643

ラオス料理

 ひさしぶりにラオス料理を作ることにした。材料がそろわないのはあきらめるとして、問題は台所がちがうこと。ラオスの台所は外にあり、かまどがある。直火で調理することで味が整うものが多い。たとえば魚の塩焼きなどもかまどでゆっくり焼いた方がおいしい。それもあきらめよう。しかしどうしてもやりたいのがタムという方法。これは材料を叩き潰すこと。あの辺で有名なパパイヤサラダ(タイ語ソンタム)まさにタムしなければ成り立たない。今回はそれではないがせめてニンニクやショウガはタムしたい。タムする器具は持っている。しかし、ここはアパート2F、ダンダンとタムするとアパートが揺れる。下に住んでいる方は大迷惑だ。気を使いながら・・でもやってしまった。

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ZOOMで恋は語れない。

 ラオス関係の様々な取り組みのために、世の中はやりのテレワーク開始。前提として私がウェブに弱いということはある。しかし、ZOOMミーティングはどうも相手の空気が読めない。特にラオス語、へたなスピーカーなので相手の空気感を感じてコミュニケーションしていたようでどうもしっくりこない。確かに在宅のまま仕事ができるというメリットが大きいことは認める。若者はそれでOKなのだろうが、ばあちゃんはネットだけで恋はかたれないなあ・・息遣いや空気感あってこそ恋。今更不要だろうという声が聞こえる。いや・・そういうことではなく。

 2か月+αでやっと退院。入院中、毎日バランスボールトレーニングはしていた。しかし歩き回ったり、走ったりは皆無。本朝、近くの公園までマスクをして走ろうと挑戦。100mほどで挫折・・うそだろ・・と思う。息が切れ、おなかも痛い。まいった!!やはり体力がすさまじく低下している。コロナのせいで仕事もないので、少しづつ体力をつけていくしかない。

写真は、病院で見た虹。消えるまでずっとみていた。         Niji  

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