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2021年8月

敵、または裏切り者とはなにか?

 混乱するアフガニスタンのニュースをみて思う。アフガンにはアフガンの事情があり、私はそれをよく知らない。しかし、いままでラオスや東ティモールなどで知り得た事実は、報道だけでは知り得ない過酷なものだった。ラオスで一緒に生活するなどお世話になった家族が数組ある。もし一緒に暮らす機会がなかったらそれぞれの深い事情は知らないままだった。つまり他の人々も深く知ればそれぞれ深い事情を抱えている。ある一族は先代までベトナム北部に暮らす少数民族だった。ことばがちがうのでベトナム語に関して文盲だった。山の中でお百姓をしていたが、戦争が激しくなり仕事ができなくなる。そこに食料をもって現れた兵隊がいて、銃をもって戦うなら家族に食料をやろう。拒むならここで皆殺し。といわれる。この兵隊たちがどこの勢力であるかなど一切関係ない。問題は今生きるか死ぬか・・である。そして戦うことを選択するが この勢力は負ける。新しい国家は彼らを裏切り者とみなし処刑の危機にあったため 難民となりラオスに逃れる。命からがらラオスにたどり着いた一家。家長は、車の運転ができたのでアメリカに運転手として雇われる。しかし、ベトナム戦争でアメリカは敗北。アメリカの人々は脱出するが、しがない運転手でしかなかった一家は取り残される。ラオスの裏切り者となった一家がどうやって生き延びてきたか・・知っているが、これ以上記すことはできない。なぜならそれも非合法的な生き方だからだ。他の家族もみんな似たり寄ったり。そこにイデオロギーは存在しなかった。もっとも弱い立場の人々の選択は、いつでも生きるか死ぬかしかなかった。

恋する惑星

 動けないので昔のことばかり書いてしまうが、ふとキョーレツに思い出したのは 初めて香港に行った思い出。1989年だ。もちろん英国領香港。そして只安かったという理由で、私はチョンキンマンションの恐ろしく汚いゲストハウスに泊まったのだ。翌年、ウォン・カーウエイは取り壊される直前のチョンキンマンションを舞台に「恋する惑星」を撮影する。夢のような雑然が、不思議な雑多があふれ、流れるように動きすべてがインチキなのに美しかった香港。いざそのゲストハウス、確か11階に上がろうとして鎖の扉がついた(しかもその扉が手動式)エレベーターがガゴガゴガゴと恐ろしい音を立てて降りてきた時のショックが忘れられない。そしてまた見たこともないくらい古ぼけて汚れ切っていたチョンキンマンションをそのまま、あんなに美しくロマンティックに映画にしてしまったウォン・カーウエイ・・それらすべてがとてもショックだった。

地球の歩き方

 「地球の歩き方」廃版。けっこうショック。思えば20代前半から「地球の歩き方」をもってあちこちウロウロしはじめた。もっとマニアックは世界一周組の方々からは評判悪かったし、私自身悪口も言った覚えがある。それでも経済的に裕福ではないのに隅の方まで行ってみたいメンツにとって やはりバイブル的存在だった。今はネットでその場その場で検索しながら歩くらしい。時代はどんどん変わるのでしかたない。

闇に想う。

 脊髄の関係で歩くことがままならず、体調も悪く、コロナ禍緊急事態宣言中でもあり、自宅から出ることもままならないため閉塞感を感じるろくでもない2週間ほど・・

夜、窓辺に立ち 遅い時間でも雲の形がはっきり見え 星が全く見えない東京の明るい夜を想う。家の中もルーターやらなにやら細かい光で薄明るい。ラオスの森の村で何度も体験した圧倒的闇の夜。はじめ恐怖に襲われたが 慣れてくると次第に経験したこともない落ち着いた気持ちになった。闇に慣れ、星の光が明るく感じられるころ 生きていることの喜びを感じた。夜明けに向かいゆっくり少しづつ増えてゆくやわらかい光に感動した。電化され 医療も進んで様々なことが便利に動くおかげで生きていられることは理解している。しかし今、とても闇の世界が恋しい。

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