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ホーチミン・ルート

 前回書いた「アメリカの挫折」を読みながら、しきりにホーチミン・ルートを想う。初めてラオスに行った1992年。まだ国中がジャングルに覆われホーチミン・ルートは地元で移動する人の重要な道だった。基礎知識はあった。北ベトナムがベトナム戦争中、南側に物資、人員を運ぶためにラオスを通って秘密に作られた網の目のような輸送路。地元のおやじさんが小型トラックの荷台に私など餓鬼どもをのせて疾走するホーチミン・ルート。弱っちい私は悲鳴を上げた。こんなん道じゃねえ!!ジャングルの藪の中を無理やり走る未舗装、がれきだらけ、水浸しの道。しかしこの道は アメリカが戦闘機で空爆する中、たった600人ほどの人々が重機をほとんど使わずに夜に隠れながら、ジャングルに隠れながら、手で作った道なのだ。あまりに複雑で過酷な道だったためアメリカ兵はお手上げだった。ナパーム弾で焼き尽くしても広がってゆく道。現在、ホーチミン・ルートはほとんど残っていないそうだ。あるところは開拓されて開け、あるところはジャングルの植生の中に埋もれていった。

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