« 道に迷った猫の歌 | トップページ | 漂う乗り物 »

加速しつづける社会

 はじめてラオスの実家に滞在したのは1998年だ。電気水道がなく道路がなく100%河に依存して自給自足の生活をしていた村の死生観、価値観のあまりの違いに衝撃を受けた。河には魚やノリが豊富で、森には動植物があふれていた。それから14年。どんどん変化していったが数年前に中国ダムを建設してからの変化は、生活基盤があっという間に次々にひっくり返るものだ。現在、水量の変化、水質の変化のため河に魚はほとんどおらず、村自慢だったノリも存在しない。なによりも彼らを語るとき「コメ作り農家」と紹介してきたが、現在コメをImg_20221114_091000 一粒も作ることができない。これが暮らしだ。と頼ってきた依り代がすべて失われてしまう状況。それは人間性さえも変えざるを得ない。経済を加速させることのみ。それはすでにアリ地獄に落下し自動的に飲み込まれていく以外人間にはどうしようもない現象・・すでに政治や理性や欲望など超えてしまっているのではないかと感じた。

« 道に迷った猫の歌 | トップページ | 漂う乗り物 »

メコンの木霊(日記)」カテゴリの記事

プロフィール

無料ブログはココログ